停《とど》め、
「あんちゃん。おいしいところを、一袋ちょうだいな」
 といって、銀貨を一枚、豆の山の上に、ぽんと放った。
「はい、ありがとう」
 店番の少年は、すばやく豆の山の中から、銀貨を摘《つま》みあげて、口の中に放りこむと、一袋の南京豆を三千子の手に渡した。
「おいしい?」
「おいしくなかったら、七面鳥を連れて来て、ここにある豆を皆拾わせてもいいですよ」
 といってから、急に声を低めて、
「……今日午後四時三十分ごろに、一人やられるそうですよ。三十九号室の出口に並べてある人形を注意するんですよ」
 と、謎のような言葉を囁《ささや》いた。
 三千子は、それを聞いて、電気に懸《かか》ったように、びっくりした。
 もうすこしで、彼女は、あっと声をあげるところだった。それを、ようやくの思いで、咽喉の奥に押しかえし、殊更《ことさら》かるい会釈《えしゃく》で応《こた》えて、その場を足早に立ち去った。しかし、彼女の心臓は、早鉦《はやがね》のように打ちつづけていた。
 無我夢中で、二三丁ばかり、走るように歩いて、彼女はやっと電柱の蔭に足を停めた。腕時計を見ると、時計は、ちょうど、午後四時を指していた。
(今の話は、あれはどうしても、鬼仏洞の話にちがいない。あと三十分すると、第三十九号室で、誰か人が死ぬのであろう。なんという気味のわるい知らせだろう。しかし、こんな知らせを受取るなんて、幸運だわ!)
 三千子は、昂奮《こうふん》のために、自分の身体が、こまかに慄《ふる》えているのを知った。
(行ってみよう。時間はまだ間に合う。――もし鬼仏洞の話じゃなかったとしても、どうせ元々だ)
 三千子の心は、既に決った。彼女は、南京豆売りの少年が、なぜそんなことを彼女に囁いたのかについて考えている余裕もなく、街を横切ると、鬼仏洞のある坂道をのぼり始めたのであった。
 三千子が向うへ行ってしまうと、豆の山のかげから、一人の青年が、ひょっくり顔を出して、三千子の去った方角を見て、にやにやと笑った。


   長身《ちょうしん》の案内者


 見るからに、妖魔《ようま》の棲《す》んでいそうな古い煉瓦建《れんがだて》の鬼仏洞の入口についたのが、四時十五分過ぎであった。彼女は、こんなこともあろうかと、かねてホテルのボーイに手を廻して買っておいた紹介者つきの入場券を、改札口と書いてある蜜蜂《みつばち》の
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