しているようであるが、その写真で明瞭であるとおり、何某から五六メートルも離れた位置より、彼等の内の何人たりとも何某の首を切断することは不可能事である。況《いわ》んや、彼等の手に、一本の剣も握られていないことは、この写真の上に、明瞭に証明されている。理由なき抗議は、迷惑千万である”
とて、真向《まっこう》から否定して来たのであった。
なるほど、そういえば、相手方のいうことも、一理があった。
だが、一旦抗議を発した以上、このまま引込んでしまうことは許されない。そこでまた、相手方の攻撃点に対して、猛烈な反駁《はんばく》を試《こころ》みた。
そのような押し問答が二三回続いたあとで、ついに双方《そうほう》の間に、一つの解決案がまとまった。それはどんな案かというのに、
“では、鬼仏洞内の現場に於《おい》て、双方立合いで、検証《けんしょう》をしようじゃないか”
ということになって、遂《つい》に決められたその日、双方の委員が、鬼仏洞内で顔を合わすこととなった。
新政府側からは、八名の委員が出向くことになったが、うち三名は、特務機関員であって、風間三千子も、その一人であった。
その朝、新政府側の委員五名が、特務機関へ挨拶《あいさつ》かたがた寄ったが、三千子は、その委員の一人を見ると、抱えていた花瓶《かびん》を、あわや腕の間からするりと落しそうになったくらいであった。
「まあ、あなたは帆村《ほむら》さんじゃありませんか」
帆村というのは、東京丸の内に事務所を持っている、有名な私立探偵|帆村荘六《ほむらそうろく》のことであった。彼は、理学博士という学位を持っている風変りな学者探偵であって、これまでに風間三千子は、事件のことで、いくど彼の世話になったかしれなかった。殊《こと》に、仕事中、彼女が危《あやう》く生命《せいめい》を落しそうなことが二度もあったが、その両度とも、風の如くに帆村探偵が姿を現わして、危難から救ってくれたことがある。
そういう先輩であり、命の恩人でもある帆村が、所もあろうに、大陸のこんな所に突然姿を現わしたものであるから、三千子が花瓶を取り落としそうになったのも、無理ではない。
帆村は、にこにこ笑いながら、彼女の傍へよってきた。
「やあ、風間さん、大手柄をたてた女流探偵の評判は、実に大したものですよ。それが私だったら、今夜は晩飯を奢《おご》ってしまうん
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