え》で、だんだんと集り、義勇隊《ぎゆうたい》を組織して行った。それには出征に、取残された男は勿論《もちろん》のこと、女もあれば、老人もあった。帝都の秩序は、平時以上に恢復した。涙を流している者は、一人も見当らなかった。皆が皆、燃えるような愛国心、鉄のような忍耐心を持って兇暴な敵の空襲に立ち向ったのであった。
 国民のこの盛んなる意気は、敵艦敵機を向うに廻して奮戦している太平洋上のわが兵員の上にも、響いていった。
 攻撃力の弱い旧型|駆逐艦《くちくかん》の如きは、敵の航空母艦に撃沈されるのは覚悟の上で、それでも万一|天佑《てんゆう》があって撃沈までの時間が伸びるようだったら、その機を外《はず》さず、下瀬火薬《しもせかやく》のギッシリ填《つま》った魚雷《ぎょらい》を敵艦の胴中《どうなか》に叩き込もうと、突進して行った。
 潜水艦の機関兵員は、熱気《ねっき》に蒸《む》された真赤な裸身《らしん》に疲労も識《し》らず、エンジンに全速力をあげさせ、鱶《ふか》のように敏捷《びんしょう》な運動を操《あやつ》りながら、五度六度と、敵の艦底を潜航し、沈着な水雷手に都合のよい射撃の機会を与えたのだった。
 砲熕《ほうこう》の前へ、ノコノコ現われて、敵弾から受けた損傷の程度を調べに行った水兵があった。
 一番砲手も、二番砲手も、皆倒れてしまうと、その後から信号兵が一人現れて、不慣《ふなれ》な砲撃を続けたという話もあった。
 だが、どうにもならなくなったのは、敵の空軍の圧倒的|偉力《いりょく》だった。
 敵艦を沈没させるのは自信があったが、敵機を射ち落すことは、中々うまくゆかなかった。そのうちに、味方の飛行隊の隙《すき》を覘《ねら》って押し寄せた爆撃隊から、多量の爆弾が切って落されると、偉力《いりょく》を誇る十六|吋《インチ》砲も、飴《あめ》のように曲ってしまった。
 この調子が永く続くと、敵艦隊を圧迫した我が艦隊は、遂《つい》に反対の悲運に陥《おちい》らなければなるまいと思われた。
「見ちゃいられんな」陸奥《むつ》の艦上三千メートルの上空に、戦闘機を操縦し、防戦につとめている千手大尉が舌打ちした。
「いまいましいメリケン空軍の奴原《やつばら》だ」
 その慄悍《ひょうかん》なる敵機の一隊は、目標を旗艦|陸奥《むつ》に向けて、突入してきた。
「やってきたなッ。吾輩の射撃の腕前を知らないと見えるな」
 千手大尉は、照準を敵機の司令機の重油タンクの附近につけた。出来るなら、陸奥の艦上から、敵機を離したいと思ったが、それは反《かえ》って容易に、敵の爆撃に委《まか》せるようなものであった。万一のことを思うと、鳥渡《ちょっと》、慄然《りつぜん》としないわけに行かなかった。
(旗艦《きかん》陸奥《むつ》が、爆沈されたらば、わが艦隊の士気は、どんなに喪《うしな》われることだろう!)楽天家の大尉も、今日ばかりは、不安に思わずにはいられなかった。
 だが、事ここに至って、躊躇《ちゅうちょ》はいけない。
「戦闘用意!」大尉は、僚機の方へ、手を振って合図をした。
「戦闘始めイッ!」
 エンジンを全開にして、宙返りの用意を整《ととの》えながら、全速力で敵機へ突入した。
 敵は早くも機首を下げて、襲撃の形を示した。
 そのとき、極めて不思議なことが起った。まだ二|聯装《れんそう》の機関銃の引金を引かないのに、向ってきた敵機は、爆弾でも叩きつけられたかのように、機翼全体に拡がる真赤な火焔に裹《つつ》まれ、木の葉のように、海上目懸けて、墜落して行った。大尉は、まるで狐につままれたような気がした。始めて気がついて、すこし遠くの空間を見廻わすと、これはどうしたというのだろう。あちらでもこちらでも、まるで松明行列《たいまつぎょうれつ》を見るように、米軍の大小の飛行機が、火焔に包まれ、真黒な煙を蒙々《もうもう》と空中に噴き出しながら、海面へ向けて、落ちて行くのが見えた。
 途端に――
「ぶわーッ」
 大尉は機胴《きどう》に、恐ろしい衝動を感じた。
「やられたかッ」
 大尉は、それでも、反射的に水平舵《すいへいだ》を引いた。
「おお、あれはメーコン号だッ」
 覚悟をした大尉の戦闘機は、何の苦もなく平衡《へいこう》をとりかえし、何事も無かった。
 大尉を驚かせたのは、米艦隊の最上《さいじょう》の空に、守《まも》り神《がみ》のように端然《たんぜん》と游泳《ゆうえい》をつづけていたメーコン号が、一団の火焔となって、焼け墜ちてゆくのを発見したことだった。
「うん、判ったぞオ。これは怪力線《かいりょくせん》に違いない。噂《うわ》さに聞いた怪力線の出現。ああ、そうだ。紙洗大尉の奴、井筒副長から何か言われてたっけが、あれが『天佑《てんゆう》』の正体《しょうたい》なんだな」
 真下を見ると、陸奥の艦橋《かんき
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