で、バラバラと撃っちまえば、いいじゃないの」
「そこにぬかりが、あるものか。あっちには、有力な戦闘機が飛行船の上に飛んでいて、近づく飛行機を射落してしまう」
「まア、くやしい。それじゃ、敵の飛行船をみすみす通してしまうことになるじゃありませんか」
「だから、東京市民は注意をしろ、とサ」
「オーさんは、いやに、米国空軍の肩を持つのネ。怪しいわ」
「おいおい、人聞きの悪いことを云うなよ。これでも、愛国者だよ」
「どうだか判りゃしない。あたし、明日になったら、お別れするわ」
「じょ冗談《じょうだん》、云うな。折角《せっかく》、この機会に、世帯《しょたい》を持ったのじゃないか」
「世帯って、なにが世帯さア。こんな、焼《やけ》トタンの急造《きゅうぞう》バラックにさ。欠《か》けた茶碗が二つに、半分割れた土釜《どがま》が一つ、たったそれっきり、あんたも、あたしも、着たきりじゃないの」
「まだ有るぞ。ほらラジオ受信機」
「……」
「半焼けの米櫃《こめびつ》、焼け米、そこらを掘ると、焼《や》け卵子《たまご》が出てくる筈だ。みんなこの際、立派な食料品だ」
「そりゃ、お別れしたくはないのよ、本当は。あんたは、失業者で、あたしはウェイトレス。こんな騒ぎになったればこそ、あんたも大威張《おおいば》りで、物を拾って喰べられるしサ……」
「オイオイ」
「あたしも、お店が焼けちゃったから、出勤しないであんたの傍にいられるしサ、嬉しいには、違いないけれど……」
「嬉しいところで、いいじゃないか」
「でも、あんたには、愛国心が、見られないのが、残念よ」
「弱ったな。僕だって、愛国心に、燃えているんだぞ」
「アクロン号が、来るというから、あたし、考えたのよ」
「何を、考えたのだい」
「日本が興《おこ》るか亡《ほろ》ぶかという非常時に、お飯事《ままごと》みたいな同棲生活《どうせいせいかつ》に、酔っている場合じゃないと、ね」
「同棲生活※[#感嘆符疑問符、1−8−78] 同棲まで、まだ行ってないよ。六時間前にバラックを建てて、入ったばかりじゃないか」
「あたし達、若いものは、こんな場合には、お国のためにウンと働かなきゃ、日本人としてすまないんだわ」
「そりゃ、僕だって、働いても、いいよ」
「じゃ、こうしない」
「ウン」
「あたしは、サービスに心得《こころえ》があるから、これから、毒瓦斯避難所《どくガスひなんじょ》へ行って、老人や子供の世話をするわ」
「僕は、どうなるんだ」
「あんたは、外に立っていて、ヨボヨボのお婆さんなんかが、逃げ遅れていたら、背中の上にのせて、避難所へ連れて来る役を、しなさいネ」
「君が働いている避難所へなら、何十人でも何百人でも、爺さん婆さんを拾ってゆくよ」
「そして、日本が戦争に勝って、そのとき幸運にも、あたし達が生きていたら……」
「生きていたら……」
「そのときは、大威張りで、あんたの所へ行くわ」
「ふうーん」
「あんた、約束して呉れる?」
「条件がいいから、約束すらァ」
「まア、いやな人ね」
 暗闇《くらやみ》の中の男女の声は、パタリとしなくなった。

 暗闇の千葉街道を、驀地《まっしぐら》に、疾走しているのは、世田《せた》ヶ|谷《や》の自動車大隊だった。囂々《ごうごう》たる轍《わだち》の響は並木をゆすり、ヘッド・ライトの前に、濛々《もうもう》たる土煙をあげていた。
「もう七時を廻ったぞ、山中中尉」
 そういったのは、先導車《せんどうしゃ》の中に、夜光時計の文字盤を探っている将校の一人だった。
「那須大尉どのは、この車で、先行されますか」隣りにいた将校が、尋《たず》ねた。
「先行したいのは、山々だが、本隊との連絡が、つかなくなるのを恐《おそ》れる」
「なにしろ、電灯器具材料を積んでいますから、四十|哩《マイル》以上の速度《スピード》を出すと、壊れてしまう虞《おそ》れが、あるのです」
「兎《と》に角《かく》、弱ったね。すこし準備が、遅すぎたようだ」
「ですが、目的地の市川《いちかわ》へは、八時までには充分着きますから、アクロン号の襲来するのが、十二時として、四時間たっぷりはございますですが」
「四時間では、指揮をするだけでも、大変だぜ」
「松戸《まつど》の工兵学校は、もう仕事を終えている頃ですから、直ぐ応援して貰ってはどうです」
「工兵学校も、いいが、俺は、千葉鉄道聯隊の連中を、あてにしているのだ」
 何事だか、まだ判らないけれど、とにかく帝都から、程遠《ほどとお》からぬ市川町附近へ、多数の特科《とっか》隊が、夥《おびただ》しい材料をもって、集合を開始しているものらしい。
「大尉どの」闇の中から、山中中尉の声がした。
「うん」
「思い出しましたが、村山貯水池の方は、誰か行くことになっていましたでしょうか」
「村山貯水池は、臨時に、中野電信隊
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