青森県|大湊要港《おおみなとようこう》を占拠《せんきょ》せんものと、機会を窺《うかが》っている模様である」
(ああ、内地までも、敵機の蹂躪《じゅうりん》に合うのか!)参謀たちは、唇を噛んだ。
「もう一つ、帝都を襲撃したマニラ飛行第四聯隊は、十七機を集結し、浦塩斯徳《ウラジオストック》に向け、引揚中である」
一座は、興奮を越えて、水を打ったように静まり反《かえ》った。
米国の太平洋、大西洋両艦隊は、圧倒的な大航空軍を、航空母艦に積みこんで、今や、舳艫相含《じくろあいふく》んで、布哇《ハワイ》を出航し、我が領海に近づきつつある。
露国《ろこく》は、五ヶ年計画完成し、世界第一の大陸軍を擁《よう》して、黒竜江《こくりゅうこう》を渉り、日本の生命線満洲一帯を脅かそうとしている。
第一次の帝都空襲に、予想以上の大痛手《おおいたで》をうけた祖国日本は近く第二次の大空襲を、太平洋と亜細亜《アジア》大陸両方面から、挟《はさ》み打《う》ちの形で受けようとしている。既に満身創痍《まんしんそうい》の観ある日本帝国は、果して跳《は》ねかえすだけの力があるだろうか。
建国二千六百年の大日本の運命は、死か、はたまた生か!
それは兎《と》も角《かく》として、今、帝都の空は、漸《ようや》く薄明りがさして来た。もう一時間と経たないうちに、空襲によって風貌《ふうぼう》を一変した重病者「大東京《だいとうきょう》」のむごたらしい姿が、曝露《ばくろ》しようとしている。白光《はっこう》の下に、その惨状《さんじょう》を正視《せいし》し得る市民は、何人あることであろうか。
暁《あかつき》の偵察《ていさつ》
昭和十×年五月十五日の夜、帝都は、米国軍《べいこくぐん》のために、爆撃さる――
と、日本国民は、建国二千六百年の、光輝《こうき》ある国史《こくし》の上に、これはまた決して書きたくはない文句を、血と涙と泥を捏《こ》ねあわせて、記《しる》さねばならなかった。
かくて、カレンダーは、ポロリと一枚の日附を落とし、やがて、東の空が、だんだんと白みがかってきた。あまりにも悽惨《せいさん》なる暁だった。生き残った帝都市民にとって、それは残酷以外の何物でもない夜明けだった。
一夜のうちに、さしも豪華を誇っていたモダーン銀座の高層建築物は、跡かたもなく姿を消し、そのあとには、赭茶《あかちゃ》けた焼土《しょうど》と、崩れかかった壁と、どこの誰とも判らぬ屍体《したい》とが、到るところに見出された。その間に、彷徨《さまよ》う市民たちは、たった一晩のうちに、生色《せいしょく》を喪《うしな》い、どれを見ても、まるで墓石《はかいし》の下から出て来たような顔色をしていた。
風が出てきて、余燼《よじん》がスーと横に長引くと、異臭《いしゅう》の籠った白い煙が、意地わるく避難民の行手を塞《ふさ》いで、その度に、彼等は、また毒瓦斯《どくガス》が来たのかと思って、狼狽《ろうばい》した。
市街の、あちこちには、真黒の太い煙が、モクモクとあがり、いつ消えるとも判らぬ火災が辻から辻へと、燃え拡がっていた。
射墜《うちおと》された敵機の周囲には、激しい怒《いかり》に燃えあがった市民が蝟集《いしゅう》して、プロペラを折り、機翼《きよく》を裂き、それにも慊《あきた》らず、機の下敷《したじき》になっている搭乗将校《とうじょうしょうこう》の死体を引張りだすと、ワッと喚《わめ》いて、打《う》ち懸《かか》った。「死屍《しし》を辱《はずか》しめず」という諺《ことわざ》を忘れたわけではなかったが、非戦闘員である彼等市民の上に加えられた昨夜来《さくやらい》の、米国空軍の暴虐振りに対して、どうにも我慢ができなかったのだった。
戒厳令下《かいげんれいか》に、銃剣を握って立つ、歩哨《ほしょう》たちも、横を向き、黙々として、声を発しなかった。彼等にも、生死のほどが判らない親や、兄弟や、妻子があったのだ。
次第に晴れあがってくる空に、プロペラの音が聞えてきた。素破《すわ》こそと、見上げる市民の瞳に、機翼の長い偵察飛行機の姿がうつった。
「なんだ、陸軍機か」
彼等は、噛んで吐き出すように、云った。この帝都の惨状を、振りかえっては、あまりにも無力だった帝都の空の護りへの落胆《らくたん》を、その飛行隊の機影に向って抛《な》げつけたのだった。
だが、しかし、その偵察機の上にも、同じ悲憤《ひふん》に、唇を噛みしめる軍人たちが、強《し》いて冷静を装《よそお》って、方向舵《ほうこうだ》を操《あやつ》っていた。
「おい、浅川曹長《あさがわそうちょう》!」操縦士の耳へ、将校の太い声が、響いた。
「はい。何でありますか」曹長は、左手で、胸のところに釣ってある伝声管をとりあげると、やや湿《しめ》っぽい声で返事をした。
「機首
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