納《けんのう》した十五機から成る東京愛国飛行隊は、どうしているであろうか。
 嵐の前の静寂《せいじゃく》!
 帝都の夜空は、漆《うるし》のように、いよいよ黝々《くろぐろ》と更《ふ》けていった。


   空襲葬送曲《くうしゅうそうそうきょく》


 非常管制の警報が出たのは、それから三十分ほど、後《あと》のことだった。
 一等速く、民家に達したのは、電灯による警報だった。
「おい、お妻」と鼻緒問屋の主人、長造は暗闇の中で云った。
「お前、今、時計を見なかったか」
「いいえ、暗くなったんで、判りませんわ」
「非常管制の警報らしいが、何分位消えているんだっけな」
「お父さんは、忘れっぽいのね。三十秒の間消えて、また三十秒つき、それからまた三十秒消えて、それからあと、ずっと点《つ》くのですよ」
「感心なもんだな、覚えているなんて――」
 三十秒経ったのか、電灯がパッとついた。
「今度は時計を見てるよ。これで三十秒経って消えたら、いよいよ本物だ」
「呀《あ》ッ、消えましたわ」
 お妻の声には恐怖の音調が交っていた。
 間もなく、電灯は再び点いた。
「ほうら、見なさい。いよいよ非常管制だ。ははァ」
「誰か、表の電灯を消して下さい」
「もう消しましたよオ」真暗な店の方から、返事があった。
「お父さん。ここの電灯も消して、ちょうだい。あたし、怖いわ」長女のみどりが、奥の間へやってきた。
「ここは見えやしないよ」
「だって、戸の隙間《すきま》から、見えちまうじゃないの」
「じゃ、こうしとこうかな。手拭《てぬぐい》を、姐《ねえ》さん被《かむ》りにさせて」
「ああ、それで、いいわ」あとから附いて来た紅子《べにこ》が云った。
「家の中を皆、真暗にしてしまうんですもの。暗くちゃ、怖いわ」
 そこへ、店の方から、ドカドカと上《あが》りこんで来た者があった。
「お父さん」
「おお、弦三か。よく帰って来た」
「この前、お父さんにあげた防毒マスクが、いよいよ役に立ちますよ」
「うん」長造は感慨探《かんがいふか》そうに云った。「あまりいいことじゃない。それにマスクは一つじゃなア」
「お父|様《さん》」弦三は、電灯の下へ、大きな包みをドサリと置いた。
「いよいよ、皆の分を作ってきましたよ。姉さんはいますか、姉さん」
「あい、此処《ここ》よ」後に下っていたみどりが顔を出した。
「ここに、鉛筆で使用法を書
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