れは、帆村君が研究している読心術ですな。丁度《ちょうど》、塩原参謀が、その少女と、瀕死《ひんし》の重傷を負っていた弟の素六《そろく》というのを、放送局舎の中から助け出したんです。帆村君は、その少女を見て、駭《おどろ》いたそうです。何でも前から知合いだったそうで……。紅子という少女は、非常に感動しやすい、どっちかというと、我儘《わがまま》も強い方の女性でした。そんな人は、読心術の霊媒《れいばい》に使うと、非常に、うまく働くんだそうです。早く云うと、帆村君は、紅子を昏睡《こんすい》状態に陥し入れ、その側へ、猿轡《さるぐつわ》をした鬼川を連れて来、紅子を通じて、鬼川の秘密を探らせたのです」
「そんなことが、出来るものかな」司令官は不思議そうに云った。
「帆村君に云わせると、いい霊媒《れいばい》を得さえすれば、わけのない事だそうです。いわば、鬼川の身体は、不逞団《ふていだん》の秘密という臭気《しゅうき》を持っているのです。紅子の方は、それを嗅《か》ぎわける、鋭い鼻のようなものです。常人には、嗅いでもわからないのに、特異性をもった紅子のような霊媒を使うと、わかるんです」
「帆村君は、それで、何を発見したのじゃ」
「彼は、第一に、閣下の偽物《ぎぶつ》が、司令部に頑張っていることを知りました。これは、わたくしも、既に気がついていたことだったので、成程《なるほど》と、信用が出来たのです」
「ほほう、君も、偽司令官を知っていたのかい」司令官は、意外な話に、驚いたのだった。
「それは閣下」湯河原中佐は、唾《つば》をグッと嚥《の》んだ。「帝都が空襲されるに当って、閣下が第一に、なさらなければならない或る重大な任務がおありだったのに、非常時が切迫しても、閣下は、お忘れのように見受けました。わたくしはそれを怪しく思いました」
「では若《も》しや……」司令官は、何に駭《おどろ》いたのか、その場に、直立不動の姿勢をとり、湯河原中佐の憐愍《れんびん》を求めるかのように見えた。
「閣下、御安心下さい」中佐は、語尾《ごび》を強めて云った。
「それは、閣下に代って、わたくしが遂行《すいこう》いたしました。閣下から信頼を受けてあの重大任務をおうちあけ願っていなかったら、わが国史上に、一大汚点を印するところでありました」
「それは、よかった――」
 司令官は、沈痛な面持をして、遥かな地点に、陳謝と祈りを、捧
前へ 次へ
全112ページ中76ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング