曹長、機首を右に曲げ、航路外に出で、二分間したら、元の場所へ帰って来るんだ。それから空中撮影を始めるから、外濠について、廻ってゆくこと。速度は五十キロまで下げるんだぞ」
「判りました」曹長は、ハッキリ答えて、急旋回の合図を、後についてくる僚機の方にした。
「塩原君」と、中佐は始めて、参謀の方を向いて、莞爾《にっこり》とした。「今夜あたり、面白い話が聞けるかも、知れないよ」
帆村探偵《ほむらたんてい》対《たい》狼《ウルフ》
神田駿河台《かんだするがだい》は、俗に、病院街《びょういんまち》といわれる。それほど、××産婦人科とか、××胃腸病院とか、××耳鼻医院とか、一々名を挙げるのに煩《わずら》わしいほど、数多《あまた》の病院が、建てこんでいた。しかし事実は、病院だけでなく、学校と研究所も少くないところであった。それ等の建物は、多くは三層又は四層の建築となっていて、病室の多い病院と間違えられるような恰好をして並んでいた。しかし数の方からは何と云っても病院の方が多く、そこから白いシーツなどがヒラヒラと乾されているのが、兎角《とかく》通行人の目につきやすく、病院街と呼ばれることになったらしい。
その駿河台の、ややお茶《ちゃ》の水《みず》寄《よ》りの一角に、「戸波《となみ》研究所」と青銅製の門標《もんひょう》のかかった大きな建物があった。今しも、そこの扉が、外に開いて、背の高い若い男が姿を現わした。
「此の辺一帯は、うまく助かって、実に幸運でしたね」そう云って、後を振りかえった。
「そうですかねえ」
とんちんかんの答をしたのは、若い男を送って来た中年の、もしゃもしゃした頤髯《あごひげ》を蓄《たくわ》えている男であった。それは、どこかで、見覚えのある顔、見覚えのある声音《こわね》だった。
「では先生、お大事に」青年は云った。
「いや、有難とう」
と頤髯先生が、頭を下げた途端《とたん》に、いきなり、先生の身体は内部へ引擦《ひきず》りこまれてしまって、代りに、がっしりした大きな面《めん》が、ニュッと出た。
「あんた、先生様を、連れだしたりして、困るじゃねえか。早く、帰って下せえ」
青年は、一向悪びれた様子もなく、階段を下って行った。
「先生様も、ちと注意して下せえよ」と背後を振りかえり、それから又往来の方を向いてそこらにブラブラしている四五人の男に向って、「お
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