中毒者とは、この篠ノ井でおろした。駅夫の話によると、夥《おびただ》しい毒瓦斯弾のお見舞をうけた長野市附近は、相当ひどいことになったらしかった。そこでも、平生《へいぜい》の用意が足りなかったわけだ。
 列車は、また警戒管制の夜の闇のなかにゴトゴト動きだしていった。――安心したのか、それとも活動に疲れたのか、例の勇士をはじめ、車中の人たちは、枕をならべて深い睡《ねむ》りにおちていった。高崎駅を過ぎるころ、夜が明けた。
 しかし車中の人たちは、上野駅ちかくになって、やっと眼を覚ました。
 車窓から眺める大東京!
 帝都の風景は、見たところ、どこも変っていなかった。焼夷弾や破甲弾、さては毒瓦斯弾などにやられて、相当ひどい有様になっていることだろうという気がしていたが、意外にも帝都は針でついたほどの傷も負っていなかった。昨夜、悪戦苦闘した乗客たちは、何だか、まだ夢を見ているのではないかという気がしてならなかった。
 だが本当のところ、帝都は昨夜、遂に敵機の空襲を迎えずにすんだのであった。帝都の四周を守る防空飛行隊と、高射砲の偉力とは、ついに敵機の侵入を完全に食いとめることができたのだった。
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