第七編隊にも特別な命令がくだった。
恐るべき作戦だった。このまま彼等の思い通りに爆撃が行われるとしたら、東京、横浜、川崎の三市は、数時間のうちに死の都となってしまうだろう。
司令官は、第七編隊を率いて進撃しつつ、ニヤリと笑って、
「さあ、これからいよいよ日本帝国を亡ぼし、東洋全土をわがS国植民地とするその最初の斧《おの》をふりおろすのだ。ああ、愉快!」
と、航空地図上の日本本土の横腹に、赤鉛筆で大きな矢印を描き、更に日附と自分のサインを誇らしげに書きいれた。
空中の地獄
空襲して来た敵機隊との最初の空中戦は、銚子《ちょうし》海岸を東へ去ること五十キロの海原の上空で始まった。――志津飛行隊に属する戦闘機隊が、敵の第一編隊を強襲したのだった。……
つづいて、その南方の海面の上空で、谷沢飛行隊と、敵の第二編隊とが出合い、ここでもまた物凄い地獄絵巻がくりひろげられていった。
グワーン、グワーンとうなる敵の機関砲。
ヒューンといなないては宙返りをうち、ダダダダダーンと、敵機にいどみかかるわが防空戦闘機。
あッ、戦闘機が翼をうちもがれて、グルグルまわりながら落ちてゆく。と見る間に、敵の一機も真黒な煙をひいて撃ち落された。
こうした激しい空中戦が、敵の各編隊を迎え、相模湾《さがみわん》上でも、東京湾の上空でも行われた。
口径四十ミリの敵の機関砲は、思いの外すごい力をもっていた。わが戦闘機は、敵に迫る前に、この機関砲の餌食《えじき》となって、何台も何台も撃ちおとされた。
しかし、その間に、敵機の数もまた一台二台とへっていった。勇猛果敢なわが戦闘機は、鯱《しゃち》のように食下って少しも攻撃をゆるめないのだ。上から真逆落《まっさかおと》しに敵機へぶつかって組みあったまま燃落ちるもの――壮烈な空の肉弾戦だ。
敵の陣形はすっかり乱れた。
舵《かじ》をかえして、太平洋の方へ逃出すものがある。のがすものかと追いかける戦闘機、中には逃足を軽くするため、折角《せっかく》積んで来た五トンの爆弾を、へど[#「へど」に傍点]のように海上へ吐き出して行くのもあった。
ただ、各編隊を通じて十機あまりは、雲にまぎれて戦闘の攻撃機をのがれ、東京へ東京へと、呪《のろい》の爆音を近づけつつあったのだ。
しかし、東京の外側を幾重にもとりまく各高射砲陣地が、どうしてこれを見のがそう。ねらいすました弾丸は、容赦もなく敵機に噛《か》みついていった。
翼をくだかれて舞いおちるもの。
火災を起して、大爆音とともに裂けちるもの。
傷ついてふらふらと不時着するもの。
数十分前に、意気高く「東京撃滅!」を叫んだあの六十三機の大空軍は、今その姿を失おうとしている。
だが、安心するのはまだ早い。東京湾上の雲にひそんだ一機、二機、三機――が死物ぐるいに帝都の空へ迫っているではないか。
爆撃下の帝都
魔鳥のような敵機の姿はついに品川沖に現れた。海岸の高射砲は一せいに火蓋《ひぶた》をきった。その煙の間を縫うようにして、見る見る敵機は市街の上……。
けたたましい高射機関銃の響が八方に起こった。
敵機の翼の下から、蟻《あり》の卵のようなものがパッととびだした。その下は、ああ、旗男たちの住む五反田の町!
「あッ、爆弾投下だッ。うわーッ、この真上だぞう……」
この爆弾の雨をみた旗男は、高台を駈けおりながら、大声で叫んだ。――彼は空襲の知らせを聞くと、病める両親をはじめ家族たちをすぐ防毒室の中に入れ、あとのことをお手伝いさんと竹男に頼むと、自分は少年団の一人として、町にとびだしてゆくところだった。そのとき旗男は大事な持物を忘れなかった。右肩には防毒面の入ったズックの鞄《かばん》を、また左肩には乾電池で働く携帯用のラジオ受信機を、しっかり身体につけて出た。
「うわーッ、あれあれ。爆弾だ、爆弾だ」
「あわてるなあわてるな。落ちるところを注意していろ!」
鍛冶屋の大将は大童《おおわらわ》で防護団を指揮していた。
町々からは恐怖の悲鳴がまいあがる。
ガラガラガラガラ!
ドドーン、ドドーン!
破甲弾よりは、ややひくめながら叩きつけるような大音響とともに、パーッとたちのぼる火炎《かえん》の幕!
うわーッという凄惨《せいさん》な人間の叫び!
町まで出てきた旗男は実をいうと、気が違いそうであった。しかしここで気が違っては日本男子ではないと思って、一生懸命、自分の手で自分の頭をなぐりつけた。ゴツーン、という音とともに感ずるズズーンという痛み、そこでハッと気がついた。
「あッ、焼夷弾が……」
向こうの屋根に小型の爆弾が落ちたと思うと、パッと眼もくらむような光が見えた。
「こっちだ、こっちだ」
「おお」
鍛冶屋の大将が声を聞きつけとんできた。
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