まか》せるぞう……、よろしく頼むゥ……」
という声がかかって、鉄造は大満足だった。
「じゃ、まず眼張の材料だ。みなさん、使ってもいいだけの紙と布《きれ》と、弁当の残りの飯とを出してください。その顔の長い学生君は紙係、青いネクタイの方は布係、その水兵服の娘さんは弁当飯係。すぐ集めにかかってください」
誰もいやな顔をしなかった。なにしろ、毒瓦斯だ。ぐずぐずしてはいられない。
材料は集った。それを手頃の大きさに裂く係ができ、材料を分ける係ができ、そしていよいよ全員が手分《てわけ》をして、眼張作業が始まった。紙と布とを飯粒で幾重にも隙間に張りかさねるのだった。例の紳士も、命ぜられて飯粒を盛んにこねまわしていた。この協力のかいあって、僅か十分たらずで眼張ができあがった。なお軍曹は毛布とシーツとを集めて出入口の扉よりすこし中へ入ったところに仕切りの幕をつくった。間違って出入口が開いても、毒瓦斯はこの幕で一時食いとめられる仕掛にして、そこには学生を二人ずつ、番兵につけた。
彼等はピッケルを、小銃のように持って警備についた。こうして全く安心のできる簡易瓦斯避難室ができあがった。
婦人たちは、いずれもニコニコ顔で、車内をなんべんも見まわした。
列車が、柏原《かしわばら》駅についたとき、指揮をしていた鍛冶屋の大将は、なにを思ったものか、つと扉をあけて、プラットホームへ下りた。どこへ行ったんだろう?
やがて列車はガタンゴトンと動きだした。しかし鍛冶屋の大将はどうしたのか、車内に姿をあらわさなかった。同室の人たちの顔には不安の色が浮かびあがった。
急造の防毒面
「どうしたんだろうな、われ等の防護団長は……」
と、商人辻村氏が、遂に心配の声をあげた。そのとき出入口の扉が、ガラリと開く音がきこえ、そして、毛布の幕の間から姿をあらわしたのは、案じていた鍛冶屋の大将だった。見れば両手に大きな新聞紙包を抱《かか》えている。中からゴロゴロ転がり落ちたのを見れば、なんとそれは木炭だった。
「炭なんか持って来て……お前さん、この暑いのに火を起す気かネ」
辻村氏の顔を見て、鉄造は首を横にふった。
「牛乳、ビール、サイダーの空壜《あきびん》を集めてください」
妙な物を注文した。――やがて七、八本の空壜が、鉄造の前にならんだ。
炭は女づれのところへ廻され、学生のピッケルを借りて、こまかく砕くことを命じた。一人の奥さんの指から、ルビーの指環《ゆびわ》が借りられ、それを使って、硝子壜《ガラスびん》の下部に小さな傷をつけた。それから登山隊の連中から蝋燭《ろうそく》が借りられた。灯をつけると、硝子壜の傷をあぶった。ピーンと壜に割目が入った。壜をグルグル廻してゆくと、しまいに壜の底がきれいに取れた。一同は固唾《かたず》をのんで鍛冶屋の大将の手許《てもと》を見ている。
彼はポケットから綿をつかみだした。炭と綿とは、駅の宿直室から集めてきたのだった。――綿をのばしたのを三枚、抜けた壜底から上の方へ押しこんだ。
「炭をあたためて水気を無くし、活性炭にすれば一番いいのだが今はそんな余裕もないから……」
といいながら小さくした堅炭《かたずみ》をドンドン中へつめこんだ。そしてまた底の方をすこしすかせ、綿を三枚ほど重ねて蓋をした。そうしておいて壜底を、使いのこりの布で包み、その上を長い紐《ひも》で何回もグルグル巻いてしばった。
「さあ、これでいい。――みんな手を分けてこのとおり作るんだ」
辻村氏が、目をクルクルさせ、その炭のつまった壜を高くさしあげて、
「団長、これは何のまじない[#「まじない」に傍点]だい」
「まじない[#「まじない」に傍点]という奴があるものか。これは防毒面の代用になる防毒壜だ」
「へえ、防毒面の代り? こんな壜が、どうして代りになるのか、わからないねェ。第一これじゃ、顔にはまらない」
「あたりまえだ。顔にはまるものか。……しかし、こうして壜の口を口にくわえればいい。口で呼吸をするのだ。鼻は針金をこんな風にまげ、こいつで上から挟みつけて、鼻からは呼吸ができないようにする。こうすれば毒瓦斯は脱脂綿と炭に吸われて口の中には入ってこない」
「なるほど、こいつは考えたね」
「形は滑稽《こっけい》だが、これでも猛烈に濃いホスゲン瓦斯の中で正味一時間ぐらい、風に散ってすこし薄くなった瓦斯なら三、四時間ぐらいはもつ。立派な防毒面が手に入らないときは、これで一時はしのげるわけさ……」
「な、なァる……」
そのとき、扉がガラリと開いた。車掌が入ってきて目を輝かせた。
「これはこれは、この部屋は大出来ですね。よくやって下すった。これなら大丈夫でしょう」
車掌はいく度も室内をみまわしながら、次の車室へ向かった。
それから十分ののち、列車内には毒瓦斯警
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