ともなかった。ラジオも電話も不通では、この騒《さわぎ》はさらに大きく広がってゆくだろう。だが、旗男は、見なれない背広男の言を、どうしても信ずることが出来なかった。――数万人の暴徒が防護団員を殺しにくるなんて、そんなバカバカしいことがあるものか。
「そうだッ……」
旗男はふと気がついた。
送電が停っても、ちゃんと働く電池式受信機をもっていたことを思い出したのだ。放送局の非常用発電ガソリンエンジンも停っていればしかたがないが、もしエンジンが働いていて放送をやっているとしたら、旗男の受信機には入ってくる筈《はず》だった。――彼は、たちさわぐ団員のところを少し離れて、肩にかけた受信機を開き、受話器を耳にあてて、ダイヤルを廻した。とたんに旗男の顔が林檎《りんご》のように輝いた。
「おお、放送をやっている。うん聞えるぞ!」
旗男は地獄で仏に会うの思《おもい》だった。前もって電池式受信機を作っておいてよかった。非常時には、ぜひともこれがいる! 受話器から出てくる声は小さいが、まぎれもなく、なじみ深い中内アナウンサーの声……。
「……以上申し上げましたようなわけで、S国空軍の三機もわが勇猛果敢なる防空飛行隊、高射砲隊によってついにとどめを刺されました。太平洋に逃げたものは、なお追撃中でございますが、これはもう燃料もあまりありませんので、その最期のほどは知れております。とにかく今回の大空襲で、帝都の被害が案外すくなかったのは、平素からの防空訓練の賜《たまもの》であることは明かであります。東京は只今、二、三火災の所はありますが、一体に静穏であります。防護団にあると家庭にあるとを問わず、この防空第一線を死守されました皆様に、衷心《ちゅうしん》から敬意を表して放送を終ります。JOAK」
「あッ!」
旗男はあまりの嬉しさに、しばらくは口もきけなかった。
ああ、ついにS国の日本空襲部隊は、わが防衛軍のため全滅されてしまったのだ。
しかも、空襲の損害は意外に小さいものだという。これを聞いたら、敵国の将兵は口惜し涙にくれるだろう。
それだのに、これは何ということだ……かの自動車に乗って、怪しいことをいいふらしてゆく背広男!
「おお、旗男君。生きていたね」
突然に、旗男の肩を叩いたのは、自転車にのって、坂を駈けおりて来た少年――鍛冶屋の大将の子、兼吉だった。
「ああ、兼ちゃん。君が見
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