にして両端をとめた。これなら爆弾のひびきでガラス窓がこわれ、そこから毒瓦斯が入ってくるという心配はない。
 その次は、畳をあげて、床板の隙間に眼張をはじめた。兄弟三人ともお習字の会に入っていたので、手習《てならい》につかった半紙の反古《ほご》がたくさんあったから、これに糊をつけて、二重三重に眼張をした。それができると、その上に新聞紙を五枚ずつおいて畳を敷いた。これで床下からくる瓦斯は防げる。
「こんどは窓框《まどわく》と窓の戸との隙間と、それから壁の襖《ふすま》の隙間に、紙をはるんだよ」
 洋間風にこしらえた部屋だったから、隙間はわりあいに少かった。
 扉が二つあったが、一つは諦めて眼張をした。一つの扉から出入りすることにして、その内側には毛布でカーテンをおろした。
 これは昨夜、汽車の中で鍛冶屋の大将のやったのを見習ったのだった。――これで、第一防毒室はできあがった。しかし、仕事はそれですんだのではなかった。
 こんどは、防毒室の前の部屋に、同じような眼張をした。これが前室だった。
「いいかね。外から入ってくるときは、この前室をとおって、それからもう一つ奥の防毒室に入るんだよ。つまり家の外の毒瓦斯は途中に前室があるので、奥の防毒室には瓦斯がほとんど入ってこないというわけさ」
「あら、うまいことを考えたのね。どこで教わってきたの」
「なァに、『空襲警報』という本があったのを知っているだろう。あれを本箱の中にしまっておいた。それを、今日は引ぱりだして、見ながら作っているんだよ。ハッハッハッ」
「まあ、その本をしまっておいてよかったわね、兄さん」
「さあ仕事はまだある。急いで急いで」
 旗男は、さらに竹男と晴子とをうながして、前室にあてた八畳の部屋にある押入の中のものをドンドン外に出して、この押入に眼張をほどこした。
「兄さん、ここは、お手伝いさん用の防毒室なのかい」
「そうじゃないよ。お手伝いさんも皆と一緒だ。これは、万一、第一防毒室が壊れても逃げこめるように作ったんだ。つまり第二防毒室さ」
 旗男は、これでもう大丈夫だと思った。それに防毒面が一つあるから誰か時々これをかぶって外に出て、ちょっと防毒面と頭の間に指で隙間をつくり、嗅《か》いでみればよい。
 窒息性のホスゲンは堆肥くさく、催涙性のクロル・ピクリンはツーンと胡椒《こしょう》くさく、糜爛性のイペリットは芥子《
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