方向をつきとめないうちに、怪電波は消えてしまいました。北西の方向らしいとわかったきりで、明瞭《めいりょう》でありませぬ」
「敵機は、よほど用心しているな。相当に高く飛んで来ているように考えられる」
 そのとき、通信兵がツカツカと室に入ってきて、一枚の紙片を軍曹に渡した。
「あッ。……ただ今、先発隊の第二号機から通信がありました。――『本機ニ二三〇三地点ニ達セルモ敵機ヲ発見スルニ至ラズ』……とあります」
「あッ。……ただ今、先発隊の第二号機から通信がありました。――『本機ニ三〇三地点ニ達セルモ敵機ヲ発見スルニ至ラズ』……とあります」
 防空飛行隊が暗夜に必死の活動をつづけている間、帝都では、非常管制をはじめ、あらゆる防護の手段が着々として用意されていった。
 五反田の裏通《うらどおり》では、闇の中に、防護団の少年と住民との間に、小ぜりあいが始まっていた。
「おじさん。どうしても灯を消さないというのなら、僕は電灯をたたきこわしちゃうがいいかい」
「そんな乱暴なことをいうやつがあるか。電灯の笠には、チャンと被《おおい》がしてあるし、窓には戸もしめてあるよ。外から見えないからいいじゃないか」
「だって、皆が消しているのに、おじさんところだけつけておくのはいけないよ。敵の飛行機にしらせるようなものじゃないか。おじさんは非国民だよ」
「なに非国民! これは聞きずてにならぬ。子供だからと思って我慢していたが、非国民とはなんだ。おれはこんなに貧乏して、ゴム靴の修繕をやり、女房は女房で軍手の賃仕事をしているが、これでも立派に日本国民だッ。まじめに働いているのがなぜ悪いんだ。仕事をするためには、下にあかりを出さなきゃできやしないぞ」
「だって、空襲警報の出ている少しの間だけ消せばいいのじゃないか。それをやらないから、非国民に違いないや。オイ皆、いくらいっても駄目だから、電球をとってしまおうよ」
 ワーイという少年の声、家の中からキャーッとあがる悲鳴、靴屋のおじさんは棒をもって少年の方に打ちかかってきた。
「コラ、待て、この非常時に、喧嘩するのは誰だッ」
 バラバラと近づく足音――格闘の中に飛びこんできたのは鍛冶屋の大将だった。
「なんだ、これァ……防護団の少年と、靴屋さんじゃないか」
「そうだよ、靴屋だよ……」
「まてまて、これァどうしたのだ」
 そこで、靴屋のおじさんと少年たちとの言
前へ 次へ
全50ページ中35ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング