くなりますよ。……全く帝都にいるのは危険だ」
「ほう……」
と分団長は驚きの色をあらわし、
「そんなことが始まるかもしれないと思っていたが……」
敵機いよいよ迫る
「貴様は……」
鍛冶屋の大将は憤然として、清さんの胸ぐらをとった。
「キ、貴様は逃げる気か。逃げたいのか。空襲をうけようとする帝都を捨てて逃げるのか!」
「あッ、苦しいッ、ハハ放せッ。……俺は逃げないが、弱い家族は逃がしたい……」
「ば、ばかッ!」
鍛冶屋の大将は、清さんを突きとばした。彼はヨロヨロとなり椅子《いす》につきあたると、ドーンとひっくりかえった。
「こーれ、よく聞け」
鉄造は一歩前に出て悲痛な声をはりあげ、
「貴様はそれでも、天皇陛下の赤子《せきし》かッ! 大和民族かッ、五反田防護団員なのかッ! 恥を知れッ」
まァまァと分団長が中に入ったが、鉄造はそれをふり払いまた一歩前進した。
「忠勇なる帝都市民は、たとえ世界一の空軍の空襲をうけて、爆弾の雨をうけようが、焼夷弾の火の海に責められようが、帝都を捨てて逃げだそうなどとは思っていないぞ。こんどの国難においては、われわれ市民も立派な戦闘員なんだということがわからんか。考えてもみろ、貴様の家では、家族がみな逃げちまって空家《あきや》になっているとする。そこへ敵の投下した焼夷弾が、屋根をうちぬいて家の中に落ちてきた。さあ、この焼夷弾の始末は誰がするのだ。おい、返事をしろ」
「……」
清さんは、赤くなって下を向いたきりだ。
「焼夷弾は、落ちて三十秒以内に始末しなかったら、火事になることはわかっている。空襲下で火事を出すのが、どんなに恐《おそ》ろしいことか思っても見ろ。貴様の家の火事がわれわれの努力を水の泡にして、この五反田の町を焼き、帝都を灰にしてしまう。それでも貴様は日本人か。貴、貴様というやつは……」
「ワ、わかった、鉄さん。お、おれが悪かった」
清さんは、膝で歩きながら、鍛冶屋の大将にすがりついた。
「鉄さん、おれたちは日本人たることを忘れていた。……どんな爆弾が降って来ようと、自分の家を守る。この町を守る……どうか勘弁してくれ」
「そうれみろ。貴様だってわかるんじゃないか。わかれば何もいわない。……警報班長なんて委《まか》せておけないと思ったが、もう大丈夫だろうな」
「ウン、大丈夫! ウンと活動するぞ、おれは外で働き、
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