たような声が、ふと、旗男の耳にひびいた。
「……アノ奥さま。いま変な男が、井戸のところをウロウロしているのでございますよ。……故紙業のような男で……」
「アラそう?」
「いえ奥さま。それが変なんでございますよ。ジロジロと井戸の方を睨んでいるのでございますよ。……ああ、わかりましたわ。あのひと、井戸の中の西瓜を狙《ねら》っているのでございますわ。西瓜泥棒……」
「これ、静かにおし……」
西瓜泥棒と聞いて、旗男はソッと硝子戸《ガラスど》のすきまから外を覗《のぞ》いてみた。なるほど、いるいる。暗いのでよくは分からないが、頬被《ほおかぶり》をした上に帽子をかぶり、背中にはバナナの空籠《あきかご》を背負っている男が、ソロソロ井戸端に近づいてゆく。……
――怪《け》しからん奴《やつ》だ。……しかし、西瓜ならもう家の中に取りこんであるからお生憎《あいにく》さまだ。ハハンのフフンだ。――
と、旗男はなおも眼をはなさないでいると、かの男は、見られているとも知らず、井戸の上に身体をもたせかけると、右手をつとのばして何か井戸の中へ投げいれた様子、カチンと硝子が割れるような音が聞えた。一体何を入れたんだろう?
と、とたんにあらあらしく玄関の格子戸《こうしど》が開いて、
「コラ待て……」
と、飛びだしていったのは国彦中尉。怪漢はギョッと驚いたらしく、まるで猫のように素早く、井戸端の向こうにまわって身を隠した。その素早さが、どうもただの男ではない。
「さあ出てこい。怪しからん奴だ」
と、中尉のどなりつける声。怪漢は、しゃがんだままゴソゴソやっていたが、何かキラリと光るものを懐中から取出した。ピストルか短刀か?
「あッ危い……」
旗男は義兄を助けるために、なにか手頃《てごろ》の得物がないかと、湯殿の中を見まわした。そのとき眼にうつったのは、斜《ななめ》に立てかけてある長い旗竿《はたざお》だった。よし、すこし長すぎるけれど、これを使って加藤清正の虎退治とゆこう。
「うおーッ、大身《おおみ》の槍《やり》だぞォ……」
いきなり湯殿の戸をガラリとあけると、旗男は長い旗竿を、怪漢の隠れている井戸端のうしろへ突きこんだ。
「うわーッ」
それが図にあたって、怪漢は隠れ場所からピョンと飛びあがった。そしてなおも逃げようとするところを、旗男はエイエイと懸声《かけごえ》をして、旗竿の槍を縦横《じゅ
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