て、こまかく砕くことを命じた。一人の奥さんの指から、ルビーの指環《ゆびわ》が借りられ、それを使って、硝子壜《ガラスびん》の下部に小さな傷をつけた。それから登山隊の連中から蝋燭《ろうそく》が借りられた。灯をつけると、硝子壜の傷をあぶった。ピーンと壜に割目が入った。壜をグルグル廻してゆくと、しまいに壜の底がきれいに取れた。一同は固唾《かたず》をのんで鍛冶屋の大将の手許《てもと》を見ている。
 彼はポケットから綿をつかみだした。炭と綿とは、駅の宿直室から集めてきたのだった。――綿をのばしたのを三枚、抜けた壜底から上の方へ押しこんだ。
「炭をあたためて水気を無くし、活性炭にすれば一番いいのだが今はそんな余裕もないから……」
 といいながら小さくした堅炭《かたずみ》をドンドン中へつめこんだ。そしてまた底の方をすこしすかせ、綿を三枚ほど重ねて蓋をした。そうしておいて壜底を、使いのこりの布で包み、その上を長い紐《ひも》で何回もグルグル巻いてしばった。
「さあ、これでいい。――みんな手を分けてこのとおり作るんだ」
 辻村氏が、目をクルクルさせ、その炭のつまった壜を高くさしあげて、
「団長、これは何のまじない[#「まじない」に傍点]だい」
「まじない[#「まじない」に傍点]という奴があるものか。これは防毒面の代用になる防毒壜だ」
「へえ、防毒面の代り? こんな壜が、どうして代りになるのか、わからないねェ。第一これじゃ、顔にはまらない」
「あたりまえだ。顔にはまるものか。……しかし、こうして壜の口を口にくわえればいい。口で呼吸をするのだ。鼻は針金をこんな風にまげ、こいつで上から挟みつけて、鼻からは呼吸ができないようにする。こうすれば毒瓦斯は脱脂綿と炭に吸われて口の中には入ってこない」
「なるほど、こいつは考えたね」
「形は滑稽《こっけい》だが、これでも猛烈に濃いホスゲン瓦斯の中で正味一時間ぐらい、風に散ってすこし薄くなった瓦斯なら三、四時間ぐらいはもつ。立派な防毒面が手に入らないときは、これで一時はしのげるわけさ……」
「な、なァる……」
 そのとき、扉がガラリと開いた。車掌が入ってきて目を輝かせた。
「これはこれは、この部屋は大出来ですね。よくやって下すった。これなら大丈夫でしょう」
 車掌はいく度も室内をみまわしながら、次の車室へ向かった。
 それから十分ののち、列車内には毒瓦斯警
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