しいガッチリした身体の男があいづちをうって答えた。
「われわれの先祖が、神武天皇に従って東征にのぼったときからの大和魂ですよ。大和魂は現役軍人だけの持ものじゃない。われわれにだってありまさあ」
「われわれにも、チャンとありますかなァ。わたしなんかにゃ、どうも大和魂の持合せが少いんで恥ずかしいんですよ……」
といって頭をかいたが、
「どうです、親方。この汽車は今夜中このとおり、鎧戸《よろいど》をおろし、まっくらにして走るんですかね」
「いや、いまに非常管制がとけて、警戒管制にかえれば、窓もあけられますよ」
「警戒管制になるのはいつでしょうな」
「いまに車掌さんが知らせに来ますよ。それまでは、すこし蒸暑《むしあつ》いが、我慢しましょうや」
「我慢しますが、わしはどうも暑いのには……いやどうも弱い日本人だ。……どうです、親方。暑さしのぎに、暗いけれど一つ将棋を一番、やりませんか」
「えッ、将棋!」
親方は太い眉《まゆ》をビクンと動かした。
「この空襲警報の中で将棋ですか。いやおどろいた。あんたも弱い日本人じゃない。おそれいったる度胸。これァ面白い。さしあたり用もないから、じゃ生死の境に一番さしましょうか。これァ面白い。はッはッはッ」
辻村商人氏が、トランクから小さい将棋盤を出してきた。トランクを向かいあった二人の膝の上に渡し、その上に盤をおいた。そして駒《こま》をパチパチ並べはじめた。そのときまでの、この車内の光景ときたら、婦人や子供といわず、堂々たる若者たちまでが、本物の爆弾投下のものすごさにおびえて、すっかり度を失っていたのだ。ある大学生はブルブル慄《ふる》えながらナムアミダブツを唱え、三人づれの洋装をした女たちは恐怖のあまり、あらぬことを口走っていた。列車の窓から外へ飛び出そうとする母親を子供たちが引留めようと一生けんめいになっていた。まるで動物園の狐のように車内をあっちへいったり、こっちへいったり、ウロウロしている会社員らしい男もあった。
「ああ呆《あき》れた。あそこを見なよ。この騒《さわぎ》のなかに呑気《のんき》な顔をして将棋をさしている奴がいるぜ。ホラ、あそこんとこを見てみろ……」
登山がえりらしい学生の一団の中から、頓狂《とんきょう》な声がひびいた。――「将棋をさしている奴がいる」
その声に、室内の人々はあッとおどろいて、学生の指さす方角を覗きこん
前へ
次へ
全50ページ中20ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング