る人間にドーンとぶつかった。
(オヤ、どうしたんだろう?)
旗男はこわごわ傍《そば》へよってみた。道路の上に倒れている人数は、一人や二人ではなかった。誰もみな、身体をつっぱらして死んでいた。そして、いいあわせたように、両手で咽喉《のど》のあたりを掴《つか》んでいた。
「ああ、敵機はやっぱり毒瓦斯を撒《ま》きちらしていったんだ」
旗男も、姉から防毒面を貰《もら》わなかったら、この路傍にころがっている連中と同じように、今ごろは冷たく固くなっていたことだろう。
それにしても、なんという憎むべき敵!
ふり落ちる涙をおさえおさえ、旗男はようやく街道に出ることができた。そこで彼は、たいへん夥《おびただ》しい避難者の列にぶつかってしまった。狭い路上には、どこから持ちだしてきたのか車にぎっしりと積んだ荷物が、あとからあとへと続いていた。その車と車との間に、避難民が両方から挟《はさ》みつけられて、キュウキュウいっていた。それも一方へ進んでいるうちはよかったけれど、そのうちに誰かが流言を放ったらしく、先頭がワーッというと、われさきに引きかえしはじめた。とたんに、どこから飛んできたのか火の子が、荷物の上でパッと燃えだしたので、さわぎは更にひどくなった。
「オイ、女子供がいるんだ……押しちゃ、怪我する。あれこの人は……」
「さあ、逃げないと生命がたいへんだ。どけ、どかぬか……」
「うわーッ」
蜂《はち》の巣《す》をついたようなさわぎになった。そうさわぎだしては、助かるものも、助からない。群衆は、ただわけもなくあわて、わけもなく争い、真暗な街道には、あさましくも同士うちの惨死者が刻々ふえていった。
「あわてちゃいかん」
「流言にまどうな。落着けッ!」
声をからして叫ぶ人があっても、いったん騒ぎだした人たちを鎮《しず》める力はなかった。日本国民として、この上もなく恥ずかしい殺人が、十人、二十人、三十人と、数を増していった。ああ、このむごたらしい有様! これが昼間でなかったのが、まだしもの幸いだった。あわてた人間には大和魂なんて無くなってしまうものなのか?
旗男は、命からがら、この殺人境からのがれ出た。いくたびか転びつつ前進してゆくほどに、やがて新しい道路に出たと思ったら、いきなり前面に、ピリピリピリと警笛が鳴ったので、おどろいて立ちどまった。
「さあ、いま笛の鳴っている方角に歩い
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