てゆくと、間もなくラジオの演芸放送がプツンと切れ、それに代って騒然たる雑音が入って来た。なんだかキンキン反響しているらしい。かすかではあるが、電話にかかっているらしい話声がする。どうやらそれは軍人らしい。活発な声だ、とたんに爆発するようなアナウンサーの声。……
「ただいま、重大なる事態が起りましたため、マイクロフォンを東部防衛司令部に移して皆様に呼びかけます……」
重大なる事態発生? 旗男は思わず受信機のダイヤルを音の強い方にひねった。そして隣の部屋を向いて、大声で姉を呼んだ。
「姉さん。たいへんですよ。早くここへ来て、放送をお聞きなさい」
「あら、いよいよ始まったの……」
姉は正坊をソッと寝かしつけて、立ってきた。
拡声器からは、声なじみの中内《なかうち》アナウンサーの声が一句一句強くハッキリと流れてくる……。
「まず第一に、香取《かとり》防衛司令官の告諭《こくゆ》であります。司令官閣下を御紹介いたします」
しばらく間があって、やがて軍人らしい荘重な声がひびいてきた。――
「本日午後八時、全国に防空令がくだされました。その目的は、S国の強力なる空軍が、わが帝国領土内に侵入を開始したのに対し、適宜《てきぎ》の防衛を行うためであります。皇軍の各部隊は既にそれぞれ勇猛|果敢《かかん》なる行動を起しました。銃後にある忠勇なる国民諸君も、十分沈着元気に協力一致せられて、防護に警備に、はたまたその業につくされ、もって暴戻《ぼうれい》なる外国S国軍の反撃に奮励していただきたい。昭和十×年七月二十五日。東部防衛司令官陸軍中将香取龍太郎」
S国空軍! いよいよやって来たか、世界第一を誇るその悪魔隊、……しかし香取司令官の声には何物をもおそれないような、決意と自信とがこもっていた。
「……つづいて、東部防衛司令部の重大な発表がありますから、そのままでお待ち下さい。……ああ、お待たせいたしました。東部防衛司令部発表第一号。ただいま、能登《のと》半島より、大井川《おおいがわ》に至る線より東の地域は、警戒警報が発令されました。直ちに警戒管制でございます。不用な灯火は消し、他の必要なる灯火は、屋外に灯がもれぬよう黒い被《おおい》をかけて下さい……」
いよいよ警戒警報が出たのだ。今夜のは防空演習ではない。
放送とともに、戸外がにわかにそうぞうしくなった。青年団員や在郷軍人が、活発
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