京から真北の那須、群馬県へ入って四万《しま》温泉のあるところ、それから浅間山、信州の諏訪の辺を通って静岡へ抜け、山梨県を包み、それからいよいよ南の方へ、伊豆半島の突端|石廊崎《いろうざき》から、伊豆七島の新島、更に外房州の海岸から外へ六七十キロの海上を点々と綴《つづ》り、鹿島灘の外を通って、元の勿来関へ帰るという大円だ。これが防空監視哨の最も外側に位置をしているもの、それから以内には、三重四重に監視哨を配置してあるんだが」
「聴音隊はどうです」
[#「帝都防空配置図」(fig3517_01.png)入る]
「聴音隊はその内側に並べてあるが、これも東京を三重四重に包囲している。一番外側の聴音隊は、北から西へ廻って云ってみると、埼玉県の粕壁《かすかべ》、川越、東京府へ入って八王子、神奈川県の相模川に沿って鎌倉へぬけ、観音崎《かんのんざき》までゆく。浦賀水道にも船を配して聴いている。千葉県へ入って、木更津《きさらづ》から千葉をとおり、木下《きおろし》、それから利根川について西へ廻り、野田のすこし北を通って元の粕壁へかえるという線――この線以内に聴音隊が配置されてある」
「防護飛行隊が、監視哨と聴音隊との中間にいるわけでしたね」
「そうだ。立川、所沢《ところざわ》、下志津《しもしづ》、それから追浜《おっぱま》というところが飛行隊だが、命令一下|直《ただ》ちに戦闘機は舞い上って前進し、そこで空中戦を行うのだ」
「その内側が、われわれ高射砲隊ですか」
「その通りだ。大東京の外廓以内に、到るところ、高射砲陣地がある。ことにこの上野公園の高射砲陣地は、もっとも帝都の中心を扼《やく》する重要なる地点だ。われ等の責任は重いぞ」
そう云ってK中尉は、天の一角を睨んだ。漆を融かしたような皐月闇《さつきやみ》の空に、怪鳥の不気味な声でギャアギャアと聞えた。
そこへバタバタと靴音がして、伝令兵が飛んできた。
「隊長どの、警報電話であります」
「警報かッ」中尉は鸚鵡《おうむ》がえしに叫んだ。
「大宮聴音隊発警報」
「ウム」
「本隊は午前三時十五分に於いて、北より西に向いて水平角七十二度、仰角《ぎょうかく》八十度の方向に、敵機と認めらるる爆音を聴取せり。終り」
「御苦労」
伝令はバタバタと駈けて向うへ行った。
聴音機は殆んど頭上を指しているわけだから、聴音機の利く距離を二十キロとして、敵機はずいぶんの高度をとって飛んでいるものらしい。
するとまた直ぐに、別の伝令が靴音も高く飛んできた。
「隊長どの、警報電話であります」
「うむ」
「大宮聴音隊発警報、本隊は午前三時二十分において、北より西に向いて水平角六十九度、仰角八十度の方向に、敵機と認めらるる爆音を聴取せり。終り」
「うむ、御苦労」
計算器を合わせていたM曹長は、顔をあげて叫んだ。
「隊長どの、唯今の報告に基き計算致しますと、敵機の進行方向は東南東であります」
その声の終るか終らぬうちに、浦和の聴音隊からの警報がやって来た。M曹長は図盤の上にひろげた地図に、刻々の報告から割りだした、敵機の進路を赤鉛筆でしるしていった。
「高射砲兵員、配置につけッ」
K隊長は緊張に赭らんだ頬に、頤紐をかけた。
[#「飛行機の上昇限度と高射砲の偉力」の図(fig3517_02.png)入る]
兵員は、急速に高射砲列の側に整列した。命令一下、高射砲は一斉にグルリと旋回して砲口を真北にむきかえた。
真近い道灌山《どうかんやま》の聴音隊からも、ただいま敵機の爆音が入ったとしらせてきた。敵機は折からの闇夜を利用しいつの間にか防空監視哨の警戒線を突破し、秩父《ちちぶ》山脈を越えて侵入してきたものらしい。立川飛行連隊の戦闘機隊はすでに出動している筈だった。
「オイ、候補生。来襲した敵機というのはどこの飛行機だか、わかるかネ」K隊長は、綽々《しゃくしゃく》たる余裕を示して候補生をからかった。
「はッ、アラスカの米国極東飛行隊でもないですし、アクロン、メーコン号にしては時刻がすこし喰いちがっています。中国からの襲撃でないことは、近畿以西の情報がないですから……」
「で、何処からだというのか」
「勿論、西比利亜《シベリア》地方からです。ハバロフスク附近を午後八時に出発してやって来たとすると、方向も進路も、従って時刻も勘定が合います」
「ふうん。候補生だけあって、戦略の方は相当なものじゃネ」
隊長は、わが意を得たという風《ふう》に微笑した。
「隊長どの、敵機の高度を判定しました。王子、板橋、赤羽、道灌山の各聴音隊からの報告から綜合算出しまして、高度五千六百メートルです」
「そうか。立川の戦闘機も、ちょっと辛い高度だな。それでは高射砲に物をいわせてやろう。第一戦隊、射撃準備!」
対空射撃高度が十キロを越す十|糎《センチ》高
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