は航空兵だから、よく知っているでしょう、話して頂戴」
「うん。そんなことなら、兄さんでも話せるよ。まず中国の方面から空襲をされたとするとネ、一番先に向ってゆくのは、海軍の第一、第二航空戦隊なんだ。赤城《あかぎ》と鳳翔《ほうしょう》が第一で、加賀《かが》と竜驤《りゅうじょう》が第二。これが海軍の艦上機を、数はちょっといえないが、相当沢山積んで、黄海や東シナ海へ敵を迎え撃つ。この航空母艦は、太平洋へでも、南洋へでも、どこへでも移動が出来るから、大変便利だ」
「昭和八年二月にハワイから東京の方へ、三分の二も近くへ来たところに、不思議な島が現れて白い灯が点っているのを、日本の汽船が見たということだけれど、あれは米国の航空母艦かも知れないと新聞に書いてありましたネ。航空母艦は沢山の飛行機を載せて、ドンドン敵の領土へ近づけるから、物凄いんだネ」
「そんな話は、兄さん知らないよ。とにかくまず航空母艦でサ、その次が海軍の佐世保《させぼ》航空隊と、兄さんの所属している陸軍の太刀洗《たちあらい》飛行連隊だ。――その外、朝鮮半島の平壌《ピョンヤン》には陸軍の飛行連隊があるし、また中国南部やフィリッピン、香港《ホンコン》などに対して、台湾の屏東《ひょうとう》飛行連隊がある」
「屏東って、台湾のどの辺ですか」
「ずっと、南の方さ。台南よりももっと南で、中心よりは西側にあってね。ほら、鳳山《ほうざん》守備隊の近くだよ」
「ははあ、馬公《ばこう》の要塞も、割合、近いんだなア」
「それから、ずっと本州の中心へ向っては、帝都を遠まきにして、要地要地に空軍が配置されている。西の方からいうと、まず琵琶湖の東側に八日市の飛行連隊がある。それから僅か七十キロほど東の方に行った岐阜県の各務ヶ原《かがみがはら》に、これもまた陸軍の飛行連隊が二つもある。大阪附近も大丈夫だし、浦塩《うらじお》から来ても、これだけ固まっていればよい。帝都の西を儼然と護っているわけサ」
「浜松にも飛行連隊があったネ、兄さん」
「そう。浜松の連隊は、太平洋方面から敵機が襲来するのに対し、非常に有効な航空隊だ。それから、いよいよ東京に近づいてゆくが、東京の西郊に、立川飛行連隊がある。南の方で東京湾の入口|追浜《おっぱま》には海軍の航空隊がある。鹿島灘《かしまなだ》に対して、霞ヶ浦《かすみがうら》の海軍航空隊があるが、これは太平洋方面から襲撃してくる米国の航空母艦に対抗するものであることは明《あきら》かだ。それから本土を離れた太平洋上にも、海軍の航空隊が頑張っている。東京湾の南へ二百キロ、伊豆七島の八丈島には、海軍の八丈島航空隊、その南方、更に六百キロの小笠原諸島の父島に、大村航空隊がある」
「ははア、随分海軍の航空隊って、太平洋の真中の方にあるんだなア。――それから外には……」
「もうそれだけ」
「おかしいなア、東京から北の方には、一つもないじゃないの、兄さん。アラスカの方から攻めて来たら、困るでしょう」
「しかし今日のところは、それだけ。この上お金が出来てくれば、青森の附近にも、北海道にも、樺太にも、或いは千島にも、航空隊を作りたいのだが……。兎《と》に角《かく》、覘《ねら》われるのは、政治の中心、商工業の中心地帯だ。そこで、こんな配置が出来ているというわけさ」
 そのとき、奥の間から老僕が、腰に吊るした手拭をブラブラさせながら、部屋へ飛びこんできた。
「ああ、大きい坊ちゃま。今、お電話がありましたよ。『至急帰隊セヨ』というお達しでございます」
「そうか、よオし」と立ちあがる。
「兄さん、空中戦が始まるのですか」
「そうだ。北九州の護りは、今のところ、日本にとって一番重要なんだ。ここを突破しなけりゃ、中国大陸からいくら飛行機を送ってきても駄目だ。今夜か明日ぐらいに、また面白い射的競技が見られるというものさ」


   帝都突如として空襲さる


 ――昭和×年五月、上野公園高射砲陣地に於て――

「今夜は、どうやらやってくるような気がしてならん」と高射砲隊長のK中尉がつぶやいた。
「やってくると申しますと……」今日着任したばかりの候補生が訊きかえした。「敵機襲来なんですか?」
「うん」K中尉は、首を上下に振った。
「俺《わし》の第六感は外《はず》れたことがないのだ。それにしても、もう午前三時を過ぎた頃じゃろうが……」
 中尉は左臂《ひだりひじ》をちょっと曲げてウラニウム夜光時計をのぞきこんだ。
「しかし隊長どの、防空監視哨からは、何の警報もないじゃないですか。監視哨は、東京を取巻いて、どこの線まで伸びているのですか」
「監視哨は、関東地方全部の外に、山梨県と東部静岡県とを包囲し、海上にも五十キロ乃至《ないし》七十キロも伸びているのだ。もっと明白にいうと、北の方は勿来関《なこそのせき》、西へ動いて東
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