にならなくて、困るでしょう。そういうやりかたは、きみにとってたいへん損ですよ」
「早く破片を手にいれたいのだ。これがきみにわからんのか」
怪しい客は、いらいらしてきたらしく、大きな黒頭巾《くろずきん》の奥で、しきりに小さな顔をふりたてている。そのとき蜂矢は、怪しい客の顔が、ほんとうの人間の顔ではなく、マネキン人形の首であることを見破った。そのマネキン人形は、かわいい少年の首であった。
人形の首が、なぜ口をきくのか。生きている人間のように、ものごとを考えたり、こっちの話を聞きわけたりするのか。とにかく、これはとんでもない怪物であることが察しられた。
「いや、ぼくは、礼儀を知らない人間とおつきあいをするのは、ごめんです。もちろん、何をおっしゃっても、ぼくは聞き入れませんよ。協力するのはいやです……」
「いうことをきかないと、殺すぞ」
「殺す、ぼくを殺して、なんになりますか。すこしもきみのためにはならない、茶釜の破片をしまってある場所は、もしぼくが殺されると、きみにおしえることができない。それでもいいんですか」
「ううむ――」
怪しい客は、うなりごえとともに、からだをぶるぶるふるわせて、
「早く出せ。きみが茶釜の破片を持っていることは、今きみが自分でしゃべった」
「たしかに、持っています。話によれば、おわたししてもいいが、礼儀は正しくやってもらいましょう。まず、そのいす[#「いす」に傍点]に腰をかけてください。ぼくもかけますから、きみもかけてください」
そういって蜂矢探偵は、先に自分のいす[#「いす」に傍点]に腰をおろした。
「わたしは腰をかけることができないのだ」
怪しい客は、うめくようにいった。
「なぜ、きみにそれができないのか。そのわけを説明したまえ。およそ人間なら、誰だって腰をかけるぐらいのことはできる。きみは、人間でないのかね」
蜂矢は、ことばするどく相手にせまった。
すると怪しい客の全身が、がたがたと音をたてて、大きくふるえだした。怒《いか》りに燃えあがったのか、それとも恐怖《きょうふ》にたえ切れなくなったためか。
恐ろしき笑い声
「もうきみの力は借りない。今まで人間のまねをしていたが、ああ苦しかった。もうこれからはわたしの実力で、必要とするものをさがし出して持っていくばかりだ」
怪《あや》しい客は大立腹《だいりっぷく》らしく、声をあらげて叫んだ。と、かれの頭巾《ずきん》が、ひとりでにうしろへひっぱられ、今まで頭巾《ずきん》でかくれていたマネキン人形の首が、むき出しにあらわれた。
「あッ」
これには蜂矢もおどろいて、思わず声をあげた。にこにこ笑っている木製の男の子の首だ。がそれだけではない。マネキン人形の頭の上に、やかんのふた[#「ふた」に傍点]ぐらいの大きさの金属らしい光沢の物体がのっている。それが生きもののように、はげしく息をしている。ふくれたり、ちぢんだり、横に立ったり、形をかえたり。いよいよ怪しいものだ。
「待ってくれ。きみのいうことは、きく。らんぼうするな」
蜂矢は、まっさおになっていす[#「いす」に傍点]から立ちあがりあとずさりした。今までの落ちつきをうしなって、日頃の蜂矢には見たくても見られないほどの大狼狽《だいろうばい》だ。どうしたのだろう。
「もうきみと口をきく必要はない。しずかにしていろ。きみの脳にたいし直接問いただすことがあるんだ。茶釜の破片《はへん》のかくしてある場所を問いただすんだ。もうきみには答えてもらう必要はない。用がすめば、きみを殺してやる」
「待て、金属Q! 話が残っているんだ。待ってくれ、骸骨《がいこつ》の第四号!」
「ふふふふ。そこまで、きみは知っているのか。それを知っていながらわたしのじゃまをするとは、いよいよゆるしておけない。いじわるの人間よ。あとできっとかたづけてやる」
「まあ待て、きみに一つ重大な注意をあたえる。きみを作った針目博士はちゃんと生きているぞ。博士はきみを逮捕《たいほ》するために、一生けんめい用意をととのえている。それを知っているか」
「針目は死んだ。生きているわけはない。でたらめをいうな」
「博士が死んだと思っていると、きみはとんだ目にあうよ。この前きみが浅草公園《あさくさこうえん》の小屋の中で、綱わたりをしていたときに、きみはいつもりっぱに、らくらくとあの芸当《げいとう》をやりとげていた。ところが最後の日、きみは綱わたりに失敗して墜落《ついらく》した。そして茶釜はめちゃめちゃにこわれてしまった」
「それがどうした。過《す》ぎたことが」
「きみは、あの日、なぜ綱わたりに失敗して、墜落したかそのわけを知っているのかい。それをぼくが話してやる。あれはね、針目博士が特殊の電波をもちいてきみをまひ[#「まひ」に傍点]させたんだ。きみは思いだしてみるがいい」
「ふーん。どうもおかしいと思った。針目博士が生きているなら、これはぐずぐずしてはいられない。おい、博士はどこにいる」
「知らないよ。ほんとうに知らない。ぼくたちも博士の居所《いどころ》を探しあてたいと思っているのだ」
「ううーん。うそつきどもの集まりだ。よし、おれは他人の力によって征服されるものか。さあ、仕事だ。茶釜の破片を出せ。いや、きみの返事なんかいらない。直接にきみの脳からきいてやる」
そういうと、怪しい客――金属Qは蜂矢におどりかかった。
蜂矢はひらりとからだをかわしたが、金属Qはとてもす早く、蜂矢は二度目にはねじ伏《ふ》せられた。とたんにひどい頭痛を感じた。
「うーッ、苦しい」
「はっはっはっ。金庫の中にしまってあるのか。もうきみには用はない。いや、殺してやるんだ」
このとき小杉少年がとびこんできて、ゴルフのクラブで、金属Qのうしろから力いっぱいなぐりつけた。
「ややッ。誰だ」
金属Qは、びっくりしてうしろをふり返った。そのすきに蜂矢は立ちあがって、いす[#「いす」に傍点]をつかんで怪人の足をはらった。怪人は大きな音をたててひっくりかえった。が、すぐさまはね起きると、こんどはふたりには目もくれず金庫の前にとんでいった。すると金庫は、とつぜん火を吹いた。金庫のかたい扉《とびら》のまん中に大穴があいた。怪人は、その中から、蜂矢のたいせつにしていた茶釜の破片をつかみだした。
「だめだ。これはただの鉄片《てつへん》だ。おれがさがしている大切な十四番|人工細胞《じんこうさいぼう》ではない。ちえッ、いまいましい」
がちゃんと、鉄片は床にたたきつけられた。と怪人は大きなマントをひるがえして窓からさっととび出した。
「ああッ、待て」
蜂矢は立ちあがって、窓から外へ手をのばした。しかしそれはもう間に合わなかった。
「二郎君。怪人の行方《ゆくえ》を監視していてくれ。ぼくは長戸検事《ながとけんじ》のところへ電話をかけるから……」
蜂矢はいす[#「いす」に傍点]の背をとびこえて、電話機のところへとんでいった。
怪魔《かいま》の最後《さいご》?
怪魔金属《かいまきんぞく》Qが逃げた!
怪金属Qは、長い黒マントに黒頭巾《くろずきん》を着て人間の形をよそおい、日比谷公園《ひびやこうえん》の方へ逃げた。
怪金属の実体《じったい》というべきものは、マネキン人形の頭部のてっぺんに乗っている。それを捕《とら》えるんだ!
このような知らせが、長戸検事のところへ蜂矢からとどいたので、検事はびっくりしたが、かねて待っていたことだから、すぐ手続きをとって、警察力のすべてをあげて怪魔《かいま》の追跡《ついせき》と逮捕《たいほ》にとりかかった。
連絡の電波は、四方八方《しほうはっぽう》にみだれとんで、金属Qの行方をたずねまわる。
「いました。金属Qらしい長マントの怪人が議事堂の塔の上にいます」
「なに。議事堂の塔の上に怪魔がいるというのか」
長戸検事は今は金属Q捜査隊長《そうさたいちょう》に任命せられていたので、これを聞くとただちにぜんぶの隊員へ放送した。
「手配中の犯人は議事堂の塔上《とうじょう》にのぼっている。包囲《ほうい》して、取りおさえよ」
命令一下、警官隊は議事堂へむけて突進した。自動車とオートバイとの洪水《こうずい》だ。それに消防隊が応援にかけつける。
選抜隊が百名、いよいよ屋上へ通じている階段をのぼって、塔のもっとも下の遊歩場《ゆうほじょう》へ姿をあらわした。
怪魔は、塔の上で、ぐったりとなっている。やっぱり疲れはてたものと見える。風に、長マントがまくれる。黒頭巾《くろずきん》が、ひとりでこっくりこっくりとおじぎをしているが、これも風のいたずららしい。
附近の建築物の屋上にも、警官隊がぎっしりとのぼって、もし怪魔がこっちへ逃げてきたときは取りおさえようと、手ぐすねひいている。
そのうちに怪魔は気がついたらしく、塔《とう》の尖端《せんたん》に立ちあがって、きょろきょろと下をながめまわした。と、思ったら、怪魔はマントの下から、石のようなものを下へばらばらとまいた。それは下にせまっている警官隊のまん中で大きな音をあげて破裂《はれつ》した。警官たちは将棋《しょうぎ》だおしになった。
「うてッ」
警官たちも今はこれまでと、下から銃器《じゅうき》でもって応じた。上と下とのはげしいうちあいはしばらくつづいた。警官たちは、どんどん新手《あらて》をくりだして、怪魔を攻《せ》めたてた。
怪魔はついにふらふらしだした。
「あ、あぶない」
怪魔のからだが塔の上からすっとはなれた。
「下へ飛ぶぞ。逃がすな」
大きく弧《こ》をえがいて、長い黒マントの怪魔は議事堂の庭の上に落ちた。そして動かなくなった。
「とうとう自分でお陀仏《だぶつ》になったか」
「あんがい、かんたんな最期《さいご》をとげたじゃないか」
「大事なところを弾丸《たま》にうちぬかれたのだろう」
怪魔のからだは、ばらばらになっていた。もちろんこれはマネキン人形の手足や胴中《どうなか》や首であるから、そのはずである。
長戸検事がかけつけ、怪魔のばらばらになったからだを念入《ねんい》りにしらべた。
「はてな。なんにもない」
「検事さん、あれがありませんか」
「おお、蜂矢君」
と検事はすこしおくれてかけつけた蜂矢をふりかえって、
「あれが見えないよ。人形の首はこのとおりあるが、きみがいったようなやかん[#「やかん」に傍点]のふたみたいなものは見えない」
「もっと徹底的《てっていてき》にしらべましょう。しかしあれは怪力《かいりき》を持っていて、危険きわまりないものですから、ぴかりと光ってあらわれたら、すぐ警官隊はそれをたたき伏せなければ、あぶないですよ」
「よろしい」
蜂矢探偵は念入りにしらべた。
だが、やっぱりこわれたマネキン人形のばらばらになった部分のほかに何もなかった。
「あるはずなんだがなあ」
蜂矢は、首をかしげる。
「あれだけが逃げたんじゃないかなあ」
「そういう場合もあるでしょう。あなたの部下の誰かが、これを見かけたでしょうか」
「いや、そういう報告はない」
「ふしぎですね」
この謎はとけないままに、その日は暮れた。怪魔《かいま》はどこへ行ったのであろうか。どこにかくれているのであろうか。
怪魔のばらばらになった遺骸《いがい》は、どこにどう始末をするか、ちょっと問題になった。けっきょく、やっぱり大事をとって、これを怪魔の死体としてあつかうこととなり、たる[#「たる」に傍点]に入れ、死体置場《したいおきば》の中へはこびこまれ、その夜は警官隊をつけて厳重《げんじゅう》な警戒をすることになった。なんだかあまりにものものしいようであるが、なにしろ相手がえたいの知れない怪物であるだけに、ゆだんはすこしもできなかった。
はたしてその夜ふけて、怪魔の遺骸《いがい》をおいてある死体置場に、世にもあやしいことが起こった。
死体置場《したいおきば》の怪《かい》
死体置場の警戒のために、その部屋に詰めていた警官は、長夜《ちょうや》にわたって、べつに異常もないものだから、いすに腰をおろし
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