とである。
 そのとき田口巡査が入ってきて、このありさまを見るとびっくりして、警部のそばへよってきた。
「どうなすったんですか」
「足を斬られたらしいんだが、その斬った兇器《きょうき》が見あたらないんだ」
「おお、田口君。きみはいったいどうしたんだ」
 検事が、とんきょうな声を出した。
「どうしたとは、何が……」
 田口はけげんな面持《おもも》ちである。
「きみの顔から血が垂《た》れている。痛くないのか。ほら、右のほおだ」
「えっ」
 田口はおどろいて、手をほおにあてた。その手にはべっとり血がついていた。同僚《どうりょう》たちは、みんな見た。田口の顔の半分がまっ赤にそまったのを。
 川内警部の負傷といい、今また田口の負傷といい、まるでいいあわせたように、同じ時に同じような傷ができるとは、どうしたわけであろうか。
「やっぱり、そうだ。するどい刃物でやられている。きみは、自分のほおを斬られたのに、そのとき気がつかなかったのかい」
「さっぱり気がつきませんでした」
「のんきだねえ、きみは……」
 検事があきれ顔でそういったので、同僚たちも思わず笑った。
「今になって、ぴりぴりしますがねえ」

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