帯《ほうたい》の下からあらわれたものは、頭のまわりをぐるっと一まわりした傷あとであった。
 それを見ると、蜂矢は気絶《きぜつ》しそうになった。
 博士は、蜂矢探偵を前にして、いったい何をする気であろうか。


   奇蹟見物


「さあ、よく見るがいい。今、金属Qを、この頭の中から取りだすからね」
 博士《はくし》は、とくいのようすだ。
 それにひきかえ、蜂矢探偵はまっさおになり、失心《しっしん》の一歩手前でこらえていた。もしもかれが、金属人間事件の責任ある探偵でなかったら、もっと前に目を白くして、ひっくりかえっていただろう。
 それから先、博士がしたことを、ここにくわしく書くのはひかえようと思う。くわしく書けば読者の中に、ひっくりかえる人が出るかもしれないからだ。それだから、かんたんに書く。――博士は、両手をじぶんの頭にかけると、帽子をぬぐような手軽さで、頭蓋骨《ずがいこつ》をひらき、中から透明な針金細工《はりがねざいく》のようなものを取りだし、それを手のひらにのせて、蜂矢探偵の目のまえへさしだした。
「うーむ」
 と、探偵は歯をくいしばって、博士の手のひらにのっている奇妙《きみょう》な幾何模型《きかもけい》みたいなものを見すえた。
 あの爆発のおこる前「骸骨《がいこつ》の四」だけが箱の中になかった。それで博士があわてだした。そのことを、いま蜂矢探偵は思いだした。
 博士はだまっている。気味のわるいほどだまっている。蜂矢は「これは骸骨の四ですか」とたずねようとして博士の顔を見ておどろいた。なぜなら博士の顔色は、人形のように白かった。生きている人の顔色とは思われなかったのである。
「針目博士。どうしました」
 と、蜂矢がさけんだ。
 そのとき博士は、いそいで手をひっこめた。そして手のひらにのせていたものを、すばやくもとのとおり頭蓋骨の中におしこんで、両手で頭の形をなおした。それから深呼吸を三つ四つした。すると博士の顔に、赤い血の色がもどってきた。死人の色は消えた。
 博士は、そのあとも、しばらく苦しそうに肩で息をしていたが、やがて以前のとおりの態度にかえって、蜂矢をからかうような調子で話しかけた。
「どうです。お気にめしましたかね。ところがこっちは、どえらい苦しみさ。ああ、きみをよろこばすことの、なんとむずかしいことよ」
 蜂矢は、このときには、ふだんの落ちつきはらったかれにもどつていた。奇々怪々《ききかいかい》なる博士のふるまいである。いったい、なんでそんなことをするのか、その秘密をここでつきとめてしまいたい。
「いま、見せてくだすったのがれいの行方不明になった『骸骨の四』ですか」
 ずばりと斬《き》りこんだ。
「よく知っているね。そのとおりだ。くわしくいえば、金属Qという名前があたえられた第一号だ。つまり、たくさん作った生きている金属の試作品の中で『骸骨の四』がまっ先に、生きている金属となったのだ、そこでこれを金属Qと名づけた」
「なるほど」
「いま、きみが見たのは、金属Qだけではなくその金属のまわりを、人工細胞十四号が包んでいるものだ。それは金属Qを保護するものなんだ。もっともはじめのころのように、人工細胞十四号は完全に金属Qを包んでいない。欠《か》けている個所《かしょ》があるのだ。そのために、金属Qはいつも不安な状態におかれてある。ああ、人工細胞十四号がほしい。この上の部屋にはあったんだが、この部屋にはないらしい」
 博士は、不用意に歎《なげ》きのことばをもらした。そしてその後で、はっと気がついて、蜂矢をにらみかえした。
「はははは、昼間からねごとをいったようだ。ところで蜂矢君。きみは感心に、気絶もしないでもちこたえているね」
 蜂矢はうすく笑った。
「すばらしいものを見せていただきまして、お礼を申します。すると、あなたは、針目博士ですか。それとも金属Qなんですか」
 金属Qが、人間の形をしたものを動かしている、その人間は、針目博士によく似ていたが、その人間のからだを支配しているのは金属Qである。ちょうど、金属Qが、二十世紀文福茶釜《にじゅっせいきぶんぶくちゃがま》にこもっていたように。――これが蜂矢のつけた推理だった。
「どっちだと思うかね」
「金属Qでしょう」
「ちがう」
「じゃあ、なんですか」
「針目博士と金属Qが合体したものだ。二つがいっしょになったものだ。しかし、もちろん金属Qは、針目博士よりもかしこいのだから、支配をしているのは金属Qだ。おどろいたかね、探偵君」
 博士はそういって、からからと笑うのであった。その笑い声が、蜂矢の耳から脳をつきとおし、かれは脳貧血《のうひんけつ》をおこしそうになった。


   恐怖の計画


「気味のわるい話は、もうよそう。こんどはもっと愉快《ゆかい》な話をしよう」
 博士
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