いでか、その怪人物は席をはなれて、わきたつ見物人たちをかきわけて場外へ出ようというようすだ。そこで長戸検事は、蜂矢探偵に、
「あそこに、あやしい奴がいる。逃がすな」
と声をかけたのであった。
検事が席を立って走りだしたので、蜂矢はかれのあとにしたがわないわけにいかなかった。だがこのとき蜂矢十六は舞台の方へ、かなりひきつけられていたのである。その心をあとへ残し、助手の小杉少年にそれッと目くばせをして、わずかのことばを少年の耳にのこすと、蜂矢は検事のあとを追いかけた。
小屋の出口のところで、検事は不良青年数名《ふりょうせいねんすうめい》につかまって、なぐりっこをやっていた。そこへ蜂矢はとびこんで、不良青年たちをあっさりとかたづけた。そしで検事を助けて、場外へでた。
「あ、あそこにいる」
怪人物は公園から町の方へ逃げだすところだった。かれはちらりとうしろを見た。
蜂矢は検事とともに全速力で追った。
怪人物は、うしろを見ながら、ひろい道路を馬道《うまみち》の方へかけていく。かれは老人のように見えながら、いやに足が早かった。しかし検事は学生のとき短距離の選手だったから、足には自信があったし、蜂矢は若さで追いつくつもりだった。
怪人物は、馬道の十字路をはすかいにわたった。そのとき自動車が怪人物をじゃました、だから追うふたりがつづいて、その十字路をよこぎったときには、わずかに距離を十メートルほどにちぢめていた。もうすこしだ。
がちゃーン。
怪人物は小脇にかかえていた黒い箱を歩道の上におとした。
「あッ、それを拾《ひろ》わせるな」
検事が叫んで、黒い箱の方へとびついた。蜂矢もその黒い箱にちょっと注意をうつした。それが怪人物にとっては、絶好の機会だった。二人が顔をあげて、怪人物の方をみたとき、怪人物のすがたはもうなかった。
怪人物は、かきけすようにすがたを消してしまったのである。異様《いよう》な黒い箱だけが、ふたりの手にのこった。
黒箱《くろばこ》の謎
「うーん、ざんねん。うまく逃げられてしまったわい」
長戸検事は、大通りのヤナギのかげで汗をふきながら、そういった。とり逃がした怪人物をあきらめたようなことをいいながらも、まだかれの目は往来《おうらい》へいそがしく動いていた。
「きょうは逃がしても、そのうちにきっとつかまりますよ」
蜂矢探偵が、検
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