幾何学を超越《ちょうえつ》し」
と、ここまでいうと、れいの花のような女助手が左右から雨谷のうしろにきて、雨谷のからだに、うらがまっかな大学教授のガウンを着せ、それから雨谷の頭の上に、ふさのついた四角い大学帽をのせる。
「しかして二十世紀の物理学の弱点をつき、大宇宙の奥にひそめられたる謎をば、かつ[#「かつ」はママ]ギリシャの科学詩人――」
「能書が長いぞ」
「早くやれッ。演説を聞きにきたんじゃねえや。綱わたりをやらかせ」
「そうだ、そうだ。早く茶釜の綱わたりを見せろ」
「……いや、諸君のご熱望にこたえ、くわしき説明はあとにゆずり、ではさっそく綱わたりをお目にかけまする。花形茶釜大夫《はながたちゃがまだゆう》、いざまずこれへお目どおりを。はーッ」
すると、れいの怪物の釜が、赤いふとんからむくむくと動きだして、ぬっとさしだした雨谷の手の上にひょいと乗る。
そのまま、お客のまえを、釜はあいさつするように、つつーッと通る。
それが一巡《ひとまわ》りすると、釜は綱のはしへ、ひょいとのせられる。
一本の綱だ。その綱はゆらゆらとゆれている。その上へ、釜がのる。見たところ、はなはだ不安定だ。
だが、怪物の釜は、どんとおしり[#「おしり」に傍点]をおちつけて、落ちはしない。
すごい空中曲芸
「早く綱をわたらせろ」
「足はどうした。茶釜から足がはえないぞ」
「タヌキの首もはえないや」
「さきに説明を打ち切りましたが……」
と雨谷が、ここぞと声をはりあげての口上《こうじょう》だ。
「二十世紀の茶釜は、昔の文福茶釜のようなタヌキのばけた動物とはちがい、純正《じゅんせい》なる『鉱物』でござりまする。その証拠には、お見物のみなさんがたよ、この二十世紀茶釜は足もはえませずタヌキの首もでませず、お見かけどおりの、いつわりのない釜でござりまする。それが、あたかも生《せい》あるもののごとく、綱わたりをいたしまするから、ふしぎもふしぎ、まかふしぎ。さあ大夫さん、わたりましょうぞ。はーッ」
雨谷の口上に、二十世紀茶釜は、そろそろと綱の上をわたりはじめた。
あれよ、あれよと、見物の衆の拍手大かっさいである。小杉少年も蜂矢探偵も、手をぱちぱちとたたく。ただ長戸検事だけは、こわい目を舞台へ向けて、手をたたくどころか、にこりともしない。
あやしい茶釜は、するすると綱の上を走ってま
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