に、遠いところをながめるような目つきになって、
「おそらく今、世界でいちばん貴重《きちょう》な物が、そこに生まれようとしているのです。荘厳《そうごん》と神秘《しんぴ》とにつつまれたその部屋です。あなたがたは、もしその荘厳神秘の中にひたっている主《あるじ》を、すこしでも、みだすようなことがあれば、あなたがたはとりもなおさず、地球文明の破壊者《はかいしゃ》、ゆるすべからざる敵でありますぞ」
 それを聞いていた川内警部は、口のあたりをあなどりの笑《え》みにゆがめて、
(ふん、邪宗教《じゃしゅうきょう》の連中が、いつも使うおどかしの一手だ、なにが神秘《しんぴ》だ。わらわせる)
 と、心の中でけいべつした。
「なんです、生まれ出ようとしている荘厳神秘のあるじ[#「あるじ」に傍点]というのは……」
 検事は、顔をしかめて、博士を追う。
「生命と思考力とをもった特別の細胞が、人間の手でつくられようとしているのだ。もしこれに成功すれば、人間は神の子を作ることができる」
 博士は、わけのわからないことをつぶやく。
「カエルの脳髄《のうずい》を切りとって、それを他の動物にうつしうえることですか」
 検事は、一世一代の生命科学の質問をこころみる。
「そんなことはいぜんから行われている。ぼくが研究していることは、すでに存在する生命を、他のものに移し植えることではない。生命を新しくこしらえることだ。生命の創造だ。細胞の分裂による生命の誕生とはちがうのだ。それは神が、神の子をつくりたもうのだ。それではない、この場合は、人間の意志のもと、人間の設計によって、新しい生命を創造するのだ。ローマの詩人科学者ルリレチウスの予言したことは、二千年を経《へ》たいま、わが手によって実現されるのだ。自然科学の革命、世界宗教の頓挫《とんざ》、人間のにぎる力のおどろくべき拡大……」
 川内警部は、にがり切って長戸検事のそで[#「そで」に傍点]をひいた。
「検事さん、あれは気が変ですよ。ちんぷんかんぷんのねごと[#「ねごと」に傍点]はやめさせて、となりの部屋部屋を、どんどん洗ってみようじゃありませんか。さもないと、この事件はさっぱり片づきませんよ。迷宮入《めいきゅうい》りはもういやですからね」
 そういわれて、長戸検事も警部の意見にしたがう気になった。さっぱりわけのわからない博士のうわごと[#「うわごと」に傍点]に、
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