部がいた。かれは顔をまっかにして、憤激《ふんげき》している。どなり散らしたいのを、一生けんめいにがまんしているという顔つきで、針目博士の一挙一動からすこしも目をはなさず、ぐっとにらみつけていた。
「針目博士。この動物はなぜここに集めてあるのですか」
 長戸検事は職権《しょっけん》をふたたびふるいはじめた。
「ぼくの研究に必要があるからです」
「博士の研究とは、どういう研究ですか」
「そうですね。それはお話しても、とてもあなたがたには理解ができないですね」
 針目博士は、回答をつっぱねた。
「理解できるかできないかは問題がいです。説明してください」
「じゃあ申しましょう。これはぼくが本筋の研究にかかるについて、その準備のため作った標本です。つまり本筋の研究そのものじゃないのですよ。いいですね」
 と、博士はねんをおして、
「そこでこの標本をごらんになればわかるでしょうが、この動物たちは、自分が持って生まれた脳髄《のうずい》を持っていないのです。そうでしょう。みんな頭部を斬り取られています。そしてかれらは他の動物の脳髄をもらって、それをかわりに取りつけています。あの透明な小箱の中にあるのは他の動物の脳髄なのです。それを取りつけて、生きているのです。おわかりですか」
「よくわかります」
 長戸検事は、反抗するような声で、そういった。ほんとうは、かれには何のことだか、よくのみこめなかったのだけれども。
「ほう。これがよくおわかりですか。いや、それはけっこうです」
 針目博士は、目をまるくした。皮肉でもないらしい。
「これなどは、おもちゃの人形に、ニワトリの脳髄を植えたものですよ。もちろん人形の手足その他へは神経にそうとうする電気回路をはりまわしてありますから、そのニワトリの脳髄の働きによって、この人形は手足を働かすことができるのです。気をつけてごらんなさればわかりますが、この人形の歩きかたや、首のふりかたなどは、ニワトリの動作によく似ているでしょう」
「そのとおりですね」
 そう答えた検事の服のそでを、うしろからそっと引いた者がある。そしてつづいて、検事の耳にささやく声があった。それは川内警部であった。
「この標本や博士の研究は、こんどの殺人傷害事件《さつじんしょうがいじけん》には関係ないようではありませんか。それよりも、早く奥の部屋をしらべたいと思いますが、いかがですか」
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