」
「お待ちなさい」
検事は手を前に出して博士を引き止めた。
「お三根さんがそのような兇器《きょうき》で殺されたばかりでなく、きょうここへきたわれわれの仲間がふたりまで、その同じ凶器によって重傷を負《お》っているのです。これでもおとぎばなしでしょうか」
「本当ですか」
博士は、はじめて真剣な顔つきになった。
「本当ですとも。川内警部と田口巡査のあの傷を見てやってください」
「ああなるほど。それでその矢はどこにあるんですか」
「それがあるなら、事件はかんたんになります。それがどこにも見えないから、われわれは苦労しているのです。あなたにうかがえば、その恐るべき兇器のからくり[#「からくり」に傍点]がわかるだろうと思って、おたずねしているわけです」
「そんなことをぼくに聞いてもわかる道理《どうり》がない。捜査するのはあなたたちの仕事でしょう。徹底的にさがしたらいいでしょう。かまいませんから、邸内どこでもおさがしなさい」
「そういってくださると、まことにありがたいですが、どうぞそれをお忘れなく――」
と検事はほくそ笑《え》んで、
「では、あなたの実験室も拝見したいですし、それからこの天じょう裏をはいまわってさがさせていただきたい」
「天じょう裏はいいが、ぼくの研究室をさがすことはおことわりする」
「今のお約束のことばとちがいますね。それはこまる。そしてあなたに不利ですぞ」
「……」
「研究室をさがすために強権《きょうけん》を使うこともできますが、なるべくならば――」
「よろしい。案内しましょう。しかしはじめにことわっておくが、後できみたちが後悔したって知りませんよ」
博士は何事かを考え、気味のわるいことばをはなった。さて博士の研究室の中に、何があるのか。
待っていた奇々怪々《ききかいかい》
係官の一行は、うすぐらい廊下を奥の方へと進んでいった。
先頭には、かなりきげんのわるそうな針目博士が肩をゆすぶって歩いている。そのすぐうしろに右頬を斬られ大きなガーゼをあてて、ばんそうこうで十字にとめた田口巡査がついていく。もしも博士が逃げだすようすを見せたら、そのときはすぐうしろからとびついて、その場にねじ伏《ふ》せる覚悟をしている田口巡査だった。
それから少し歩幅《ほはば》をおいて、長戸検事を先に、残り係官一行が五、六名つきしたがっている。
検事の顔色は
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