しかしたいしたことではないようだ。
 蜂矢はふらふらと起きあがった。
 その気配《けはい》を聞きつけたか、部屋の一隅《いちぐう》から声があった。
「ああ、気がついたかね、蜂矢君」
「やッ」
 蜂矢は、どきんとしてその声の方を見た、そこには針目博士がいた。博士は頭部にぐるぐると繃帯を巻いていた。その正面のところは赤く血がにじんでいた。
「安心したまえ、怪物は、とうとうくたばったからね」
 そういって博士は、自分の前を指さした。そこには、れいの金属Qが倒れていた。
「死んだんですか」
「いや、まだ油断がならない。金属の本体を取り出して、始末しないうちは、ほんとうの意味で金属Qは死んだとはいえないのだ、今それを始末するところだ。きみは見物していたまえ」
 そういって博士は前かがみになって、たおれた人の頭のところでごそごそやっていたが、やがてうす桃色をしたぐにゃりとしたものを両の手のひらにのせて、部屋のまん中へ出てきた。それは脳みたいなものであった。
「それは何ですか」
 と、蜂矢はたずねた。
「この中に、金属Qの本体がはいっているんだ。はやいとこ、これを焼き捨てる必要がある。そうでないと、金属Qはまた生きかえってくる。生きかえられたんでは、また大さわぎになる」
 博士は、大きな硬質ガラス製のビーカーの中に、そのぐにゃりとしたうす桃色のものを入れた。それからガスのバーナーに火をつけ、その上に架台《かだい》をおき、架台の上に今のビーカーを置いた。
 それから博士は、薬品戸棚のところへ行った。
 博士が、棚から薬品のはいった瓶を三つも抱えてもどってくるまでの少しの時間に、蜂矢は部屋の隅にたおれている人のようすを知るために、その方へ目を走らせた。その人は、もちろんしずかに伸びていた。そしてその頭部が開かれ、頭骸骨がお碗《わん》のようになって、中身が空虚《くうきょ》なことをしめしていた。
 怪金属Qがやどっていた肉体は、ふたたびもとの死体に帰ったのである。
 ぱっと茶褐色《ちゃかっしょく》の煙があがった。れいのビーカーの中である。博士が、液体薬品のはいった瓶の口をひらいて、ビーカーの中へそそぎこむたびに、茶褐色の煙が大げさにたちのぼるのだった。金属Qがはいっているという脳髄は、ビーカーの中で、沸々《ふつふつ》と沸騰《ふっとう》する茶褐色の薬液《やくえき》の中で煮られてまっくろに化《
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