るのはやめて、お巡《まわ》りさんにきてもらったうえでのことにしようや」
男の貞造が、そういって尻《しり》ごみをしたので、お松とおしげもきゅうに、こわさが増《ま》して、もう力を出す気がなくなった。
そこでもう一度、奥の主人にことわったうえ、おしげが交番へ警官を呼びにいった。
やがて若い警官の田口さんというのがきてくれた。そこでこんどは四人が力をあわせて、ドアにぶつかった。
四、五回ぶつかると、錠《じょう》がこわれて、重いドアは風を起こして、さっと内側に開いた。
「ああッ……」
「こわい!」
ねまきを着たお三根が、入口からすぐ見える部屋のまん中に、あけにそまって倒れていた。
その部屋は、あとでたたみの間になおした部屋であったが、広さは十二畳もあった。お三根の寝床は左の壁ぎわにしいてあったが、お三根の死体はその中にはなく、たたみの上にあったのだ。
寝床は、この中で寝ていたお三根が何かの理由があって、ふとんをはねのけてはいだしたものと察せられた。
お三根は、左の頸動脈《けいどうみゃく》を切られたのが致命傷《ちめいしょう》であることがわかった。なお、お三根の両手両腕と顔から腕へかけたところに、たくさんの切りきずがあったが、それはたいして深くない傷ばかりであった。
お三根を殺傷《さっしょう》した凶器《きょうき》は、なんであるかわからないが、なかなか切《き》れ味《あじ》のいい刃物《はもの》であるらしく、頸動脈はずばりと一気に切断されていた。
死斑《しはん》と硬直から推測して、お三根の死は今暁《こんぎょう》の午前一時から二時の間だと思われた。
警官の通報が本署へとんだので、検察局からは長戸検事の一行がかけつけた。
「……で、この部屋に死者のほかに誰かいたのかね。つまり午前九時に、この電灯のかさがこわれる音を、この雇人たちがたしかに耳にしたというが、このかさをこわした者は発見されたのかね」
検事が、たずねた。
「いえ。わたしたちが入りましたとき、部屋の中をよく探しましたが、誰もいなかったのです。この婦人の死体だけでありました。凶器も見あたりません。部屋としてはそこは完全に密室なのです。そとから犯人の侵入《しんにゅう》した形跡《けいせき》がないのです。ふしぎですなあ。まさかこれは自殺じゃないでしょう」
と田口警官はいった。
「自殺ではない。たしかに他殺事件だ。
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