ら、「恐竜島における動植物の研究」という論文を書いて発表した。
ダビットのとった映画は、ニューヨークを皮切りに地球上の国々で長期興行の記録を作っていった。この功績のために、ケンとダビットは映画賞をもらったり、ワシントン大学の動物学教室から名誉博士《めいよはくし》の称号《しょうごう》をもらった。
ラツール記者は恐竜島の冒険物語を発表した。これは二十四国語に訳されて、広く愛読され今年度のベストセラーの内に入れられた。
さて、玉太郎はどうしたろう。豪州《ごうしゅう》見物はできなかったけれど、恐竜島という豪州にくらべて決して見おとりのしない島の見物が出来たので、結果においては大へんもうけたことになった。現在はラツール記者の世話で、ル・マルタン紙につとめている。
今でも玉太郎をラツールのアパートにたずねると、彼はポチをだいて、あの数々の冒険談を話してくれる。そして、恐竜島に負けぬ位の怪奇島《かいきとう》があったらぜひつれていってくれと腕をたたいている。
最後にツルガ博士の娘ネリのことをのべよう。彼女は中国人|張子馬《ちょうしば》氏の作った恐ろしい思い出の島という詩に、自分でピアノの曲を
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