返答にしびれをきらす。
「わしの経験では、或る種のエンジンの音をたいへんきらうようだ。ほら、昨日シー・タイガ号が恐竜におそわれて、あのとおりひどいことになったが、あれは恐竜がエンジンの音が大きらいであるという証明になると思う」
「好きなエンジンもあるんだろうか」
 ケンは、ダビットが手にしている撮影機へ目をはしらせる。この撮影機の中にバネがあって、撮影をはじめるとそのバネが中で車をまわすが、そのときにさらさらと、エンジンのような音を出す。だからケンは、急に心配になった。
「鍛冶屋《かじや》のとんてんかんというあの音は好きらしい。蓄音器のレコードにあるじゃないか。“森の鍛冶屋”というのがね」
「それはエンジンの音ではないよ」
「飛行機のエンジンの音が問題だ。こいつはまだためしたことがないから分らない。そうそう、原地人の音楽も、恐竜は好きだね。あのどんどこどんどこと鳴る太鼓の音。あれが鳴っている間は、恐竜はおとなしいね」
 伯爵隊長の話は、どこまでいってもきりがない。とにかく恐竜は、音響に敏感で、好きな音ときらいな音とがあるという伯爵の結論は、ほんとうらしい。
「さあ、みなさん。出かけましょうよ」
 玉太郎は、一同をうながした。
「ああ、出かけようぜ」
 監督ケンが、ダビット技師に合図をおくって、煙草をすった。
 伯爵隊長も、大切な酒入りの水筒を背中の方へまわしてひょろひょろと立ち上った。


   旧火口《きゅうかこう》か


 一行は、ついに問題の崖上の密林の中へ足をふみこんだ。
 せんとうは、もちろん玉太郎の愛犬ポチであった。ポチも一行にだいぶんなれて、むやみにほえなくなった。
「玉ちゃん。あまり前進しすぎると、あぶないよ」
 うしろから監督ケンが注意をする。
 そのうしろには、ダビット技師が、手持撮影機をさげ、のびあがるようにして前方のくらがりをのぞきこんで歩く。
 そのうしろに、伯爵隊長が、猟銃《りょうじゅう》を小脇《こわき》にかかえて、おそるおそるついて来る。
「あッ、大きな穴がある。噴火孔《ふんかこう》みたいな大きな穴が……」
 玉太郎が、おどろいて立ちどまると、前方をさす。
「おお。やっぱりそうだ。あれは恐竜の巣の出入口なんだろう。おい、ダビット。カメラ用意だぞ」
「あいよ」
 伯爵団長が大きな声をあげた。
「ふしぎだ。この前来たときには、こんな穴はなかったのに……」
 彼は顔一面にふきだした玉なす汗をぬぐおうともせず、目をみはった。
「え、この前には、こんな穴はなかったんですか」
 玉太郎が、きいた。少年は、仲よしのラツールが今ゆくえが知れないので、彼の運命がいいか悪いかを考えて、すべてのことが一々気になってしようがなかった。
「この前、わたしたちがここを通ったときにはね、ここらあたりは赤土の小山《こやま》だったがね、たしかに、穴なんかなかった」
「じゃあ、いつの間にか、その小山が陥没《かんぼつ》して穴になったんでしょうか」
「そうとしか思えないね。まさか道をまちがえたわけではないだろう」
 玉太郎と伯爵隊長が、大穴のできた原因について話し合っている間に、監督ケンは、穴のふちをのりこえて、斜面《しゃめん》をそろそろ下へ下りて行く。ポチは、いそいそと先に立っている。ダビット技師は、撮影機を大事そうに頭上高くさしあげて、こわごわ下る。
「深い穴がある。木や草がたおれている。たしかにこれは恐竜の出入りする穴だぞ」
 ケンは、昂奮してさけぶ。
 玉太郎も、伯爵をうながして、穴の中へ下りはじめた。
「ふーン。このにおいだて。これが恐竜のにおいなんだ」
 伯爵が、首をふって立ちどまった。
 なにか特別のにおいが、さっきから玉太郎の鼻をついていた。生《なま》ぐさいような、鼻の中をしげきするようないやなにおいだった。
 はっくしょい!
 伯爵が大きくくさめをした。
 するとそのくさめがケンとダビットにうつった。最後に玉太郎も、くしんと、かわいいくさめをした。
「くさめの競争か。これはどうしたわけだろう」
 監督ケンがにが笑いをした。
「思い出したぞ。このにおいは、附近に恐竜の雌《めす》がいるということを物語っているんだ。警戒したがいい」
 伯爵が、顔をこわばらせていった。
「えっ、恐竜にも雌がいるのかい」
 ケンが、調子はずれな声をあげた。
「あはは、あたり前のことを。あははは」
 ダビット技師が、ふきだして笑う。
「笑いごとじゃない。先へ行く人は、大警戒をしなされ。はっくしょい」
 伯爵は、うしろで又大きなくさめを一つ。
 穴をしたへおりるほど、砂がくずれ、枯れた草木がゆくてをさえぎり、前進に骨がおれる。が、誰もこのへんでもときた方へ引返そうなどと弱音《よわね》をふく者はなかった。そうでもあろう。こわいとか危険だとか恐ろしいと
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