んな声でほえるもんだから。僕はベットの上からしかった。しかし泣きやまないから、今下へおりて、この戸をあけたわけだが……ポチの姿は見えないね。どこへいったろう」
 そういっているとき、またもやポチの声が遠くで聞えた。いよいよ苦しそうなほえ方であった。それはどうやら甲板《かんぱん》の上らしい。
「あっ、甲板へ行ってほえていますよ」
「うむ。どうしたというんだろう。幽霊をおっかけているわけでもあるまいが、とにかく何か変ったことがあるに違いない。行ってみよう」
 そのとき、ポチはまたもや、いやな声でほえた。
 それを聞くと玉太郎はたまらなくなって、かけだした。そしてひとりで甲板へ……。
 甲板は、まっくらだった。
「ポチ。……ポチ」玉太郎は、犬の名をよんだ。
 いつもなら、すぐ尾をふりながら玉太郎の方へとんで来るはずのポチが、ううーッ、ううーッと闇のかなたでうなるだけで、こっちへもどってくる気配《けはい》はなかった。
「ポチ。どうしたんだい」
 玉太郎は携帯電灯をつけて足もとを注意しながら、愛犬のうなっている方角をめがけて走った。それは船首の方であった。甲板がゆるやかな傾斜《けいしゃ》で、上り坂になっていた。
 ポチはいた。
 舳《へさき》の、旗をたてる竿《さお》が立っているが、その下が、甲板よりも、ずっと高くなって、台のようになっている、がその上にポチは、変なかっこうで、海上へむかってほえていた。しかし玉太郎が近づくと、にわかに態度をあらためて、尾をふりながら、上から玉太郎の高くあげた手をなめようとした。しかし台は高く、ポチはそれをなめることができなかった。
「あ、ここにいたね」うしろから声をかけて、ラツール氏が近づいた。
「ほう。そんな高いところへ上って。何をしているんだ」
「海の上を見てほえていたんですが、今おとなしくなりました」
「海の上? 何もいないようだが……」
 と、とつぜんポチが台の上におどり上って、いやな声でほえだした。
 その直後だった。玉太郎のふんでいた甲板が、ぐらぐらッと地震のようにゆれだしたと思う間もなく、彼は目もくらむようなまぶしい光の中につつまれた。と、ドドドーンとすごい大音響が聞え、甲板がすうーっと盛りあがった。
 あ、あぶない! といったつもりだったが、そのあとのことはよくおぼえていなかった。
 後から考えるのに、このときモンパパ号は突如《とつじょ》として大爆発を起し、船体は粉砕し、一団の火光になって四方へとびちったのであった。わずか数秒間のすこぶる豪勢《ごうせい》な火の見世物として、附近の魚類をおどろかしたのを最後に、貨物船モンパパ号の形はうせ、空中から落ちくる船体の破片も、漂流《ひょうりゅう》する屍体《したい》も、みんなまっくろな夜空と海にのまれてしまったのである。
 SOSの無電符号《むでんふごう》一つ、うつひまがなかった。だからモンパパ号の遭難《そうなん》に気がついた第三者はいなかった。


   漂流《ひょうりゅう》


 玉太郎は、ふと気がついた。
 ポチの声が聞えるのだ。
「ポチ」と、犬の名をよんだときに、玉太郎はがぶりと潮《しお》をのんだ。息が出来なくなった。夢中で水をかいた。
 海の中にいることがわかった。体がふわりと浮きあがる。
「あ、痛《いた》……」
 頭をごつんとぶっつけた。木片《もくへん》であった。犬がすぐそばで吠《ほ》えつづけた。玉太郎は完全に正気にかえった。
 海の上に漂《ただよ》っていることに気がついた。しかしどうして自分が海中へとびこんだのか、そのわけをさとるまでにはしばらく時間がかかった。
 犬は、たしかにポチだった。まっくらな海のこととてポチの顔は見えなかったが、こっちへ泳ぎよってきて、木片のうえへはいあがると、またわんわんと吠えた。
 玉太郎もその木片に両手ですがりついたが、それはどうやら扉らしかった。
 玉太郎は、ポチにならってその上へはいあがろうとしたが、扉は一方へぐっとかたむき、そしてやがて水の中へ扉はしずんだ。ポチは、ふたたび海の中におちて泳がねばならなかった。玉太郎は、その扉の上にはいあがることをあきらめた。
 扉は、間もなく元のように浮きあがった。ポチも心得てそのうえにはいあがった。玉太郎は扉につかまったまま、流れていく覚悟《かくご》をした。
 ようやくすこし、心によゆうができた。
「いったい、どうしたのかしらん」
 玉太郎は、しいて記憶をよびおこそうと努力した。
「そうそう、舳《へさき》のところにいたまでは覚《おぼ》えている。と、とつぜんあたりが火になって……その前に甲板がぐらぐらとゆれ……大音響がして、そのあと……そのあとは覚えていない。その次は……こうして海の中にいた。そうか。船から放りだされたんだ。船はどこへいったろう」
 玉太郎はあたりを一
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