んながいっしょにすがりついて、船橋《ブリッジ》をごろごろころがった」
「そうでしょう。ステアリングどころじゃない」
「すると恐竜は、山のような大波をたてて海の中にもぐった。その波にあおられて、船は一マイルほど沖合へおし流された。それが幸いで、ようやく恐竜にくわれるだけは助かった。というのは、船体はさけてがたがたになっている。浸水《しんすい》がひどくて、手のつけようもない。それから三十分ばかりのうちに沈んでしまった。乗組員は少ないボートに乗れるだけ乗ったが、その夕刻《ゆうこく》の暴風でひっくりかえり、助かったのは、このわしひとりよ」
「これはおどろいた。恐竜がそんなにおそろしいという話を、今までどうしてお話にならなかったのですか。伯爵閣下」
「それはあたり前さ。そんな話をすれば、君たちはここまで船を進ませてくれなかったろうから」
「あ、なるほど」
「だから、恐竜の害をうけないように、夜でなくては、その島へ近づけないのだ」
「それはもっともなことです」
 この話からおすと、セキストン伯爵は、再度《さいど》、探険船を用意して、いま恐竜島の附近の海面までのりつけたものらしい。


   十名の先発隊員


「あ、火が見える。恐竜島に火が見える」
 水夫が、マストの上でさけんだ。
「おお、火だ。あんな所に、なんの火だろう」
 船長も火をみとめて、びっくりした。
 伯爵閣下《はくしゃくかっか》には、あいかわらずそれが見えないので、いっそうさわぎたてる。
「海岸に火がもえている。……人影が見えない。……火は椰子《やし》の林にもえうつろうとしている」
 船長は、望遠鏡に目をあてて、きれぎれにさけぶ。
「恐竜島に、まさか人間が住んでいるはずはない。あんなおそろしいところに、住めるわけはない。どうした火じゃろうか」
 伯爵は、それが玉太郎の手ではじめられた、たき火とは知るよしもない。
 だが、その玉太郎の姿が見えないのは、どうしたわけであろう。
 そのわけは、大事件でも大秘密でもない。玉太郎はすっかり疲れきって、たき火のそばに、しゅろの蓆《むしろ》を寝床《ねどこ》にして、ぐっすりと睡《ねむ》っているのだった。長々と寝ているものだから、沖合の船から望遠鏡でこっちを探しても、見えないのであった。
「閣下、どうなさる。船は引返しましょうか、それともここからボートで上陸されますか」
「もっと、この汽船を海岸へ近よせてもらいたい」
「それはだめです。いくらおっしゃっても、リーフに船底《ふなそこ》をやられてしまっては、この船はぶくぶくの外ありません。ボートで、早く下りていただきましょう。こんなおそろしいところでぐずぐずしていて、またこの前のように、恐竜のためにマストをかじられることは歓迎しませんからね」
 船長は、いよいよ逃《に》げ腰《ごし》である。そうでもあろう。探険資金が少ないので、セキストン伯爵が、ねぎりにねぎって雇《やと》ったこのぼろ船のことである。船長以下の乗組員も、こんなやすい契約の仕事は早くおしまいにしたいと思っている。今のところ下級船員たちが、恐竜のおそろしさを知らないから、わりあいにまだ船内は静かにおさまっている。
 そこで伯爵と船長の間に、もう一度おし問答があったがそのけっか、両者の間に、次のような協定がまとまった。すなわち、あと三十分以内に、第一回上陸希望者は、ボートにのりうつって、この汽船シー・タイガ号をはなれること。本船は、ただちにこの地点をひきあげ、てきとうなところで時間をおくり、あすの夜八時になったら、ふたたびこの地点まで来る。そして夜八時から九時までの一時間のうちに伯爵たちとれんらくをとること。それから、こういう出会《であい》は、三回かぎりのこと。それがすめば、伯爵たちの側にどんな事情があろうとも、本船は一路本国へひきあげること。
 もちろん伯爵の方では、この条件にたいへん不満があったが、船長たちのきげんをこの上わるくしては、もっとわるい条件を出されるおそれがあったので、このへんでだきょうした。
 そこで伯爵は、かねて同行してきた連中たちをあつめて、第一回上陸希望者をつのった。
 ところが、そういう人たちは、みなこのふしぎな探険に胸をおどらせ、あるいは慾の皮をつっぱらせて伯爵に同行をねがった連中だったから、その大部分が第一回の組にはいりたがった。
 けっきょく、くじびきできめることになった。
 そのけっか、えらばれた人は、次の十名であった。
 まず、団長のセキストン伯爵はくじびきぬきでくわわることに、だれも異存《いぞん》はなかった。
 ツルガ博士《はかせ》。これは熱心な考古学者であった。しかし貧乏な人で、パリの一隅《いちぐう》に研究室を持っていた。
 このツルガ博士の娘で、ネリという幼い金髪少女。博士の家族は今自分とネリ嬢とた
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