ころがさっきの地震は、そうでなかったですね。どの地震も同じくらいの強さの地震だったでしょう。だからへんだと思ったんです」
玉太郎は、地震が名物の日本に、いく年かを暮したことがあって、地震の常識をしっていた。
「ふーン。どうかねえ」
ラツールは首を左右にふった。彼には、わからなかった。
そのとき二人の注意を急にうばったものがあった。ポチのわんわんとほえる声だった。
それは遠くの方であった。二人は顔を見あわせた。
「ポチは、あやしいものを見つけて、ほえているんですよ」
「そうらしい。この沼の向うがわだ。そして地面の下でほえているように思う」
「ラツールさん。ぼくはこれから沼のむこうへ行って、ポチを早く助けだしてやりたいです」
「行くかね。きみが行くなら、わたしも行く。しかし玉ちゃん。すこしのことにも深く注意して、すこしずつ前進するんだね。もしもこの島が恐竜島だったら、われわれはすぐさまこの島をあとにしてのがれなければならないんだ。命の危険、いやそれいじょうのおそろしいことが恐竜島にはあるんだ」
勇敢で沈着なラツール記者も、恐竜島と地震の話になると、人がかわったように身ぶるいするのだった。
恐竜島とは、いったいどのような島であろうか。
それについて玉太郎は、前からききたいと思っていた。今もそれをしりたくなったが、ラツールのいうように、今は全身の神経をあたりへくばって前進しないと、どんな目にあうかも知れない。それゆえ聞くのは後のことにして、玉太郎はラツールのあとについて、沼のふちをまわりはじめた。
前方に茶褐色のきたならしい地はだを見せている断崖《だんがい》がどうも気になってならなかった。二人の目は、ゆだんなくその崖のまわりを捜査《そうさ》している。
スコール来《きた》る
沼のふちをようやくまわって、問題の崖《がけ》の下にでた。
茶褐色の土の下から、雑草がのぞいているところもある。大きなゴムの木や、太い椰子《やし》の木が重《かさ》なりあって、土の下に半ばうずまっているところもある。
「玉ちゃん。ふしぎだとは思わないか」
と、ラツールはそれらのものを指して、自分の考えをのべた。
「この島は、わりあいに近頃出来たもののようだ。土が上から島をすべり落ちて来て、密林の一部をうずめたように見える」
玉太郎は、うなずいた。ラツールの説明のとおりだと思った。
「なぜそんなことが起ったのか。人間がひとりも見えない無人島で、まさか土木工事《どぼくこうじ》が行われようとも思われない。とにかく、もうすこしそこらを見てまわろうじゃないか」
「それがいいですね。きっとどこかに、ポチのもぐりこんだ穴があるにちがいありませんよ」
玉太郎は、すこしも早く愛犬をすくい出してやりたかった。
それから二人は、雑草をかきわけ、つる草をはらいのけ崖の下をまわってみた。むんむんと熱気がたちこめ、全身はねっとりと汗にまみれ、息をするのが苦しい。あえぎながらふらふらする頭をおさえて前進する。こうして二人の気のついたことは、この崖みたいなものは火山でできたものではなく(硫黄《いおう》くさくないから)地震でできたものでもなく、たしかに人間がやった土木工事であることをたしかめた。
しかしその土木工事は、最新式のブルトーザなどという土木機械を使ったものでなくて、原始的な方法、つまり人間を大ぜいあつめて、もっこに土をいれたり石をのせたりしでかつぎあげるといった、方法をとったにちがいないのだ。
それにしてもふしぎなのは、今この島に、だれもいないし、土木工事に使った道具も見あたらないことだ。
「なぜこんな崖をつくったんだろうか。いみが分らない」
「それなら、崖の上までのぼって見てはどうでしょうか。上に行くと、きっとなにかありますよ」
「なるほど。崖というものは、下より上の方が大切なのかもしれない。じゃあ、のぼってみよう」
その後ポチの声がしないので、ポチのはいりこんだ穴をさがすことはあとまわしとして、玉太郎はラツール記者とともに、崖の斜面をはいのぼっていった。
しばらくのぼったとき、ぽつッと冷いものが玉太郎の顔をたたいた。
「おやあ」と上を見ると、いつの間にか空が鼠色《ねずみいろ》の雲でひくくとざされている。そして大粒の雨が、急にはげしくふりだしたのだ。
「あ、スコールがやって来た。あいにくのときに、やって来やがった」
ラツールは舌打ちした。
「あ、すべる」玉太郎がさけんだ。崖の斜面は、滝のようになって雨水が流れおちた。玉太郎は手と足とをすべらせてしまった。その結果、玉太郎のからだは雨水とともにずるずると下へすべり落ちていった。
すごいスコールのひびきに、玉太郎よりすこし上をのぼっていたラツールは、玉太郎のすべり落ちたことを知らなかった。彼は
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