するのも苦しくなった。そのうえに、玉太郎の頭のてっぺんまでをかくしそうな雑草がしげっていて、もちろん道などはない。
ポチはこの草の下をくぐって、方角が分らなかったのではなかろうかと思ったが、それだけではないらしく、あいかわらずわんわんとはげしくほえ立てている。
玉太郎は両手を口の前でかこって、メガホンにし、ポチを呼ぼうとした。
「おっと、ポチを呼ぶのは待ちたまえ」
「ええ、やめましょう。でもなぜですか」
「犬が吠えているところを見ると、あやしい奴《やつ》を見つけたのかもしれない。今君が大声でポチを呼ぶと、あやしい奴がかくれてしまうかもしれない。そしてぼくたちが近よったとき、ふい打ちにおそいかかるかもしれない。それはぼくたちにとって不利だからねえ」
ラツールのいうことはもっともだった。
「だから、ポチにはすまないが、しばらくほっておいて、犬の吠えているところへ、そっと近づこうや」
「いいですね。こっちですよ」
二人は、息ぐるしいのをがまんして、雑草の下を腰をひくくしてほえている方へ近づいていった。その間に、蟻《あり》、蠅《はえ》、蚊《か》のすごいやつが、たえず二人の皮膚を襲撃した。
やがて密林がきれた。目の前が急にひらいて、沼の前に出た。むこう岸に褐色《かっしょく》の崖《がけ》が見えている。そこから上へ、例の丘陵《きゅうりょう》がのびあがっているのだ。
ポチの声はしているが、それに近づいたようには聞こえない。
「どこでほえているのかなあ」玉太郎は首をかしげた。
「まるで地面《じめん》の下でほえているように聞える」
「地面の下なら、あんなにはっきり聞えないはずだ。どこかくぼんだ穴の中におちこんでほえているのじゃなかろうか」
「ほえているのは、こっちの方角だが、どこなんでしょう」
玉太郎は沼のむこう岸をさした。
そのときだった。とつぜん大地がぐらぐらっとゆれはじめた。
「あっ、地震だ。大地震だ」
二人はびっくりしてたがいにだきついた。鳴動《めいどう》はだんだんはげしくなっていく。沼の水面にふしぎな波紋がおこった。が、そんなことには二人とも気がつかないで、しっかりだきあっている。
赤黒《あかぐろ》い島
その地震は、三十秒ぐらいつづいて終った。ほっとするまもなく、また地震が襲来《しゅうらい》した。
「あッ、また地震だ」
「いやだねえ、地震というやつは……」
ラツールは地震が大きらいであった。玉太郎としっかりだきあって、目をとじ、神様にお祈りをささげた。
そのような地震が前後四五回もつづいた。そしてそのあとは起らなかった。いずれも短い地震で、三十分間つづいたのはその長い方だった。
地震とともに、沼の水面に波紋が起ったことは前にのべたとおりだが、二度目の地震のときは、その波紋の中心にあたるところの水面が、ぬーッともちあがった。
いや、水面がもちあがるはずはない。水の中にもぐっていたものが浮きあがったのであろうが、その色は赤黒く、大きさは疊三枚ぐらいもあり、それがこんもりとふくれあがって河馬《かば》の背中のようであったが、河馬ではなかった。
というわけは、その茶褐色《ちゃかっしょく》の楕円形《だえんけい》の島みたいなものの横腹に、とつぜん窓のようなものがあいたからである。その窓みたいなものが、密林のしげみをもれる太陽の光線をうけて、ぴかりと光った。
それは一しゅんかん、探照灯《たんしょうとう》の反射鏡のように見えた。それからまた巨大なる眼のようにも見えたが、まさか……
が、とつぜんその赤黒い島は、水面下にもぐってしまった。その早さったらなかった。電光石火《でんこうせっか》のごとしというたとえがあるが、まさにそれであった。
それのあとに新しい波紋がひろがり、それからじんじんゆさゆさと、次の地震が起ったのであった。
いったい沼のまん中で浮き沈みした赤黒い島みたいなものは、何であったろうか。
玉太郎もラツールも、目をつぶってだきあっていたから、この重大なる沼の怪事《かいじ》をついに見落としてしまった。このことは二人にとって大損失《だいそんしつ》だった。
地震がもう起らなくなったので、二人はようやく手をといて、立ち上った。
「いやなところだね。赤道《せきどう》の附近には火山脈《かざんみゃく》が通っているんだが、この島もその一つなのかなあ」
ラツールは首をひねった。
「しかしラツールさん。地震にしては、へんなところがありますねえ」
玉太郎がいった。
「へんなところがあるって。なぜ?」
「だって地震は、たいてい一回でおしまいになるでしょう。何回もつづく場合は、はじめの地震がよほど大きい地震でそのあとにつづいて起る余震《よしん》は、どれもみなくらべものにならないほどずっと小さい地震なんでしょう。と
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