の形が見える」
 雲はどんどん動いていったので、やがて島であることがはっきりした。二人の喜びは大きかった。筏の上で、おどりあがって喜んだ。筏の上には食料品が、もうほとんどなかった。水もない。だからあの島へ上陸することが出来れば、なにか腹のふくれるものと、そしてうまい水とにありつくことが出来るだろう。
「また帆をはろうや」ラツールがそれをいいだしたので、玉太郎もさんせいして、すぐさま残りの材料をあつめて二度目の帆を張り出した。
 島との距離は、あんがい近い。海上三キロぐらいだ。はじめはそうとう大きい島だと思ったのが、空がすっかり晴れてみると、小さな島であることが分った。
 風が残っていたので、帆が出来ると、筏はかるく走りだした。それに、やはり潮流《ちょうりゅう》が、その方へ流れていると見え、筏をどんどん島の方へ近づけていった。
 だが、いよいよ島の近くに達《たっ》するまでには四五時間かかった。太陽はすでに西の海に沈み、空は美しく夕焼している。その頃になって、島の上に生《は》えている椰子《やし》の木が、はっきりと見えるようになった。
「明るいうちに、島へつきたいものだね」
「こぎましょうか」
「こぐったって、橈《かい》もなんにもない」
 風と海流の力によるしかない。
「家らしいものは見えないね。煙もあがっていない」
 島の方をながめながら、ラツールは失望のていである。
「無人島《むじんとう》でしょうか」
「どうもそうらしいね」
「人食《ひとく》い人種がいるよりは、無人島の方がいいでしょう」
「それはそうだが、くいものがないとやり切れんからね」
 二人は、日が暮れるのも忘れて、夢中になって島をながめつくした。
「ほう、無人島でもないようだ」ラツールが、声をはりあげた。
「人がいますか」
「いや、そんなものは見えない。しかし島の左のはしのところを見てごらん。舟《ふな》つき場《ば》らしい石垣が見えるじゃないか」
 島は中央に、山とまではいかないが高い丘がとび出していて、それが方々にとんがっている。そのまわりは一面に深い密林だ。椰子もあるし、マングローブ(榕樹《ようじゅ》)も見える。その間に、ところどころ白い砂浜《すなはま》がのぞいている。ラツールが発見した石垣は、ずっと左の方にあり、なんだかそこが、密林の入口になっているようでもある。正確なことは上陸してみれば、すぐ分るであろう。
「もうあの島には、人が住まなくなったのでしょうか」
「それにしては、あの石垣がもったいない話だ」
 夕焼の空は、赤から真紅《まっか》に、真紅から緋《ひ》に、そして紫へと色をかえていった。それまでは見えなかったちぎれ雲が生あるもののようにあやしい色にはえ、大空から下に向って威嚇《いかく》をこころみる。
 島の丘の背が、赤褐色《せっかっしょく》に染って、うすきみわるい光をおびはじめた。
「おやあ、これはちょっとへんだぞ」ラツールがさけんだ
「どうしたんですか」
「この島は、恐竜島《きょうりゅうとう》じゃないかなあ。たしかにそうだ。あのおかを見ろ。恐竜の背中のようじゃないか。気味のわるいあの色を見ろ。もしあれが恐竜島だったら、われわれは急いで島から放れなくてはならない」
 ラツールは、ふしぎなことをいいだした。彼の恐れる恐竜島とは何であろうか。


   水夫《すいふ》ヤンの写生画《しゃせいが》


「恐竜島ですって。恐竜島というのは、そんなに恐ろしい島なの。ねえ、ラツールさん」
 玉太郎は筏の上にのびあがり、顔をしかめて島影《しまかげ》を見たり、ラツールの方をふりかえったり。せっかく島に上陸できると思った喜びが、ひょっとしたら消えてしまいそうであるので、だんだん心細さがます。
「はははは。まだ、あの島が恐竜島だときまったわけじゃないんだから、今からそんなにこわがるには及ばない」
 ラツールは笑った。だが、彼が笑ったのは、玉太郎をあまり恐怖させまいがためだった。だから彼の顔からは、すぐさま笑いのかげがひっこんで、顔付《かおつき》がかたくなった。彼は島の上へするどい視線《しせん》をはしらせつづけている。
「分らない、分らない。恐竜島のように思われるところもあるが、またそうでもないようにも思われる。まん中に背中をつき出している高い丘の形は、たしかに、この前見た水夫ヤンの写生図に出ていた図そっくりだ。しかし丘のふもとをとりまく密林や海岸の形がちがっている。あんなに密林がつづいていなかったからなあ。海岸から丘までが、ひろびろと開いていた。あんな石垣も、水夫ヤンの図には出ていなかったがなあ」
 ラツールは、ひとりごとをいうのに、だんだん熱心となって、そばに玉太郎がいることに気がつかないようであった。
「あれは恐竜島か、それともちがうのか。いったいどっちなんだ。ふん、おれの頭は
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