ロープをひいて、よしと合図する。するてえと、おれはロープをたぐりあげて、ぴかぴかした卵を籠から出し、このへんに積みあげて行かあ。どうだ、いい段取だろう。どんどん仕事がはかどるぜ」
「バカヤロー」
「えっ、なんだって、きたないことばは使わない方がいいよ」
「だってそうじゃねえか。お前はここにずっといるんだから、いい役だよ。しかしおれはどうなるんだ。海を泳いだり、つるつる卵をかかえたり、それからよ、恐竜にいやな目でながめられたり、いい役まわりじゃねえ。だから腹が立つんだ」
「まあまあ、フランソア。お前はいつも気がみじかくて早合点《はやがてん》すぎるよ。お前ばかりに、卵をとるために海を泳がせたり、何かいやな目でながめられたりさせやしない。とちゅう、半分ぐらいのところで、お前とおれは交替しようというんだ。だからぜったいに仕事は公平に分担するんだ。怒ることはないよ」
「ああ、そうか。とちゅうで、半分ぐらいのところで交替でやるのか。うん、そんならいいんだ。それを早くいわないから、こっちはまちがえて腹を立てる」
「さあ、そうと話が分ったら、すぐ仕事にかかろう。おれは籠をあみにかかる。お前はそのロープにすがって早く崖の下へ下りて行きねえ」
「よし来た。いや、まてよ……」
「さあ、早く下りねえ。蟇口《がまぐち》なんか、とちゅうでなくすといけないから、おれに預けて行きねえ」
「こいつめ。おれが早合点するのをいいことにして、うまくごまかして、先へ恐竜のところへやろうとしやがったな。なんという友情のない野郎だ。フランス水夫の面よごしめ。たたきのめしてやる」
「何を、とんちきめ」
フランソアがつかみかかると、ラルサンも負けてはいなかった。はげしい組打《くみうち》がはじまろうとした寸前《すんぜん》。
「おい、しずまれ。二人とも、けんかはやめて、うしろへ引け。いうことをきかねえと、心臓のまん中へピストルの弾丸をごちそうするぞ」
と、雷のような声がひびいた。モレロの大喝《だいかつ》だった。
とつぜんの銃声《じゅうせい》
二人の水夫は、ちぢみあがった。
モレロと来たら、手の早いらんぼう者であることを、これまでのつきあいで、よく知っていた。ピストルの引金をひくことなんか、つばをはくほどにも思っていない悪党だ。おとなしくしないわけにはいかない。
「お前たちに話がある。耳よりな、もうけ話だ。ここじゃ工合がわるい。こっちへ来い」
モレロは、なぜか急に声をおとして、二人の水夫のうしろの岩かげへひっぱっていった。
あとには実業家マルタンひとりが、上に取り残された。彼は、モレロのやっていることに気がつかないような顔をしていたが、実はすっかり知りぬいていたし、モレロのこれからやろうとすることにも見当がついていた。彼は不安を感じて、胸さわぎがおこった。
彼は崖のはしまでいって下をのぞいた。この崖を水面まで下りていって、行方不明の伯爵をさがしにいった玉太郎たちの姿が見えるかと思ったのだ。だが、玉太郎の一行は見えなかった。もし見えたら、マルタンはすぐ信号を送って、彼らをしきゅうひきかえらせるつもりだった。今なら、モレロや、その手下のような二人の水夫に知れずに、合図《あいず》を送ることができたのだが、見えないとは残念であった。
玉太郎たち四人は、浪の洗う岩根をふみこえ、伯爵の姿か又は所持品かを発見するために努力をつづけた。
だが、いくら探しても、伯爵の姿はなかった。このへんに伯爵の身体がなくてはならないところにも、まったく何も落ちていないのであった。
一時間あまりを空費《くうひ》して、何の収穫《しゅうかく》もなかった。そのとき彼らは、ロープで下りてきたところの岩根をかなり前方へまがって、恐竜のわだかまっている地点まで、あと三四メートルのところに来ていた。巨大なる体躯《たいく》をもった恐竜としては、一とびか二とびでとんで来られるところだった。しかし四人は、そのことについて正確には気がついていなかった。というわけは、彼らと恐竜の間には、将棋《しょうぎ》の駒《こま》のような岩があって、恐竜どもの姿を、彼らからかくしていたのだ。
ところが、玉太郎たちは、にわかにこの恐竜どもの姿を、頭上《ずじょう》に仰《あお》ぐようなことになった。
そのきっかけは、崖の中腹あたりかで、とつぜん轟然《ごうぜん》たる銃声がなりひびき、つづいて、だーン、だだーンと、めった撃ちに射撃がはじまった。
「おやッ。何が起ったのだろう」
「誰だい、ぶっぱなしたのは……」
ケンもダビットも玉太郎も、顔色をかえて、銃声のした方向をあおいだ。しかし屏風《びょうぶ》のようにそそり立った岩がじゃまになって、発砲者《はっぽうしゃ》の姿は見えなかったが、誰とて分らないが、おそろしい悲鳴がつづけざまに
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