熱帯ぼけの上に漂流ぼけがしていると見える。どっちかにきめなきゃ、これからやることがきまりゃしない。どっちかなあ、どっちかなあ……ええい、こんなに心の迷うときには、金貨うらないで行けだ。はてな、その金貨だが、持ってきたかどうか……」
 ラツールは、ズボンのポケットへ手をつっこんだ。しばらくいそがしく中をさぐっていたが、やがて彼の顔に明るい色が浮んだ。
「やっぱり、大事に、身につけていたよ」
 彼の指にぴかりと光るものが、つままれていた。百フランの古い金貨だった。それを彼は指先でちーんとはじきあげた。金貨は、彼の頭よりもすこし高いところまであがって、きらきらと光ったが、やがて彼のてのひらへ落ちて来た。そのとき筏がぐらりとかたむいた。大きなうねりがぶつかったためだ。
「ほウ」
 ラツールは、金貨をうけとめ、手をにぎった。彼はそっと手を開いた。すると金貨は、てのひらの上にはのっていなかった。中指とくすり指との間にはさまっていた。これでは金貨の表が出たことにもならないし、また裏が出たことにもならない。せっかくの金貨のうらないは、イエスともノウともこたえなかったことになるのだ。
「ちぇッ。運命の神様にも、おれたちの前途《ぜんと》がどうなるかおわかりにならないと見える」
 彼は苦《に》が笑いをして、金貨をポケットへしまいこんだ。
 玉太郎は、さっきからのありさまをだまって見つめていたが、このとき口を開いた。
「ラツールさん。上陸しないの、それともするの」
「だんぜん上陸だ。運命は上陸してから、どっちかにきまるんだとさ。かまやしない。それまではのんきにやろうや。どうせこのまま海上に漂流していりゃ、飢《う》え死《じに》するのがおちだろうから、恐竜島でもなんでもかまやしない、三日でも四日でも、腹一ぱいくって、太平楽《たいへいらく》を並べようや」
 かまやしないを二度もくりかえして、ラツールはすっかり笑顔になった。そして帆綱《ほづな》をぐいとひっぱった。帆は海風をいっぱいにはらんだ。風はまともに島へむけて吹いている。がらっととりこし苦労とうれいとを捨てたラツールのフランス人らしい性格に、玉太郎は強い感動をうけた。そこで玉太郎は、ラツールのわきへ行ってあぐらをかくと、口笛を吹きだした。彼の好きな「乾盃《かんぱい》の歌」だ。するとラツールも笑って、口笛にあわせて空缶《あきかん》のお尻を木片で
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