う。
「もうあの島には、人が住まなくなったのでしょうか」
「それにしては、あの石垣がもったいない話だ」
夕焼の空は、赤から真紅《まっか》に、真紅から緋《ひ》に、そして紫へと色をかえていった。それまでは見えなかったちぎれ雲が生あるもののようにあやしい色にはえ、大空から下に向って威嚇《いかく》をこころみる。
島の丘の背が、赤褐色《せっかっしょく》に染って、うすきみわるい光をおびはじめた。
「おやあ、これはちょっとへんだぞ」ラツールがさけんだ
「どうしたんですか」
「この島は、恐竜島《きょうりゅうとう》じゃないかなあ。たしかにそうだ。あのおかを見ろ。恐竜の背中のようじゃないか。気味のわるいあの色を見ろ。もしあれが恐竜島だったら、われわれは急いで島から放れなくてはならない」
ラツールは、ふしぎなことをいいだした。彼の恐れる恐竜島とは何であろうか。
水夫《すいふ》ヤンの写生画《しゃせいが》
「恐竜島ですって。恐竜島というのは、そんなに恐ろしい島なの。ねえ、ラツールさん」
玉太郎は筏の上にのびあがり、顔をしかめて島影《しまかげ》を見たり、ラツールの方をふりかえったり。せっかく島に上陸できると思った喜びが、ひょっとしたら消えてしまいそうであるので、だんだん心細さがます。
「はははは。まだ、あの島が恐竜島だときまったわけじゃないんだから、今からそんなにこわがるには及ばない」
ラツールは笑った。だが、彼が笑ったのは、玉太郎をあまり恐怖させまいがためだった。だから彼の顔からは、すぐさま笑いのかげがひっこんで、顔付《かおつき》がかたくなった。彼は島の上へするどい視線《しせん》をはしらせつづけている。
「分らない、分らない。恐竜島のように思われるところもあるが、またそうでもないようにも思われる。まん中に背中をつき出している高い丘の形は、たしかに、この前見た水夫ヤンの写生図に出ていた図そっくりだ。しかし丘のふもとをとりまく密林や海岸の形がちがっている。あんなに密林がつづいていなかったからなあ。海岸から丘までが、ひろびろと開いていた。あんな石垣も、水夫ヤンの図には出ていなかったがなあ」
ラツールは、ひとりごとをいうのに、だんだん熱心となって、そばに玉太郎がいることに気がつかないようであった。
「あれは恐竜島か、それともちがうのか。いったいどっちなんだ。ふん、おれの頭は
前へ
次へ
全106ページ中16ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング