ずぶりと水の中に頭をつっこんで、はっと、睡りからさめることもあった。
“睡っちゃいけない。睡ると死ぬぞ”
 そんな声が聞えたような気がした。玉太郎は自分の頭を扉にぶっつけた。睡りをさますためであった。玉太郎の額からは、血がたらたらと流れだした。しかし彼はいつともしらず睡りこけていた。
 何十回目かは知らないけれど、あるとき玉太郎がはっと睡りからさめてみると、あたりは明るくなっていた。
 朝日が東の海の上からだんだん昇って来たらしい。夜明けだ。ついに夜明けだ。玉太郎は元気をとりもどした。
 ポチも目がさめたと見え、くんくん鼻をならしながら、玉太郎の方へよって来て、手をなめた。
 力とすがる扉は、思いの外、大きかった。これなら、うまくはいのぼると、その上に体をやすめることができないわけはないと気がついた。玉太郎は手首から紐をといて、一たん体を自由にした上で、用心ぶかく扉の上にはいあがった。浮かぶ扉は、昨夜のように深くは沈まず、玉太郎の体を上にのせた。ポチは大喜びで、玉太郎の顔をぺろぺろなめまわした。
 体がらくになったために、玉太郎は又しばらく睡った。
 どこかで、人の声がする。遠くから、人をよんでいる声だ。ポチがわんわんほえたてる。玉太郎はおどろいて目をさまし、むっくりと扉筏《とびらいかだ》の上におきあがったが、とたんに体がぐらりとかたむき、もうすこしで彼もポチも海の中に落ちるところだった。
 ポチが吠えたてる方角を見ると、玉太郎の扉筏よりもやや南よりに、やはり筏の上に一人の人間が立って、こっちへむかってしきりに白い布片《ぬのきれ》をふっていた。距離は二三百メートルあった。
 玉太郎は眸《ひとみ》をさだめて、その漂流者を見た。
「あ、ラツールさんらしい」
 玉太郎は、それから急いでいろいろな方法によって通信を試《こころ》みた。その結果、やっぱりラツール氏だと分った。そのときのうれしさは何にたとえようもない。地獄《じごく》で仏《ほとけ》とはこのことであろう。
 この二組は同じ海流の上に乗って、同じ方向に流されていたのである。
 玉太郎は、どうにかして早くラツール氏といっしょになりたいと思った。しかしその間にはかなりの距離があり、そして身体は疲れきっていた。とてもその距離を泳ぎきることは、玉太郎には出来なかったし、ラツール氏にしてもどうように出来ないことだろうと思い、失
前へ 次へ
全106ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング