生けんめい見まわした。しかし汽船の灯火は一つも見えなかった。
「僕とポチを海の中へつきおとしたまま、モンパパ号は、どんどん先へ行ってしまったんだな」
玉太郎は、そう考えた。
そう考えるのもむりではなかった。モンパパ号はあまりにも完ぜんに爆破粉砕《ばくはふんさい》したので、そのころ海上には破片一つも見えてはいず、海上はまっくらで、墓場《はかば》のように静かであった。ただ、ときどき波が浮かぶ扉にあたってばさりと音をたてることと、頭上には美しく無数の星がきらめいていて、玉太郎とポチをながめているように見えるだけであった。
「そうだ。ラツールさんも、あのときいっしょに居たっけ、ラツールさんはどうしたかしらん。まさかあの人が僕たちを海へつきおとしたんじゃないだろうに……」
分らない。見当《けんとう》がつかない。モンパパ号がとつぜん大砲をうったため、自分たちはそれがためにはねとばされたのかな……とも考えたが、しかしモンパパ号は大砲をすえていなかったことは明らかだったから、これは考えちがいだ。やっぱり分らない。わけが分らない。
玉太郎の両手がだんだん疲れてきた。また始めはなんともなかった海水が、いやに冷いものに感じられるようになった。熱帯の海だというのに、ふしぎなことだった。
もうどうにも両手が痛くなって、扉にすがっていられなくなった。片手ずつにしてみた。しかしかえって疲れていけなかった。潮をがぶりがぶりとのんだ。つい、ずぶずぶと沈んでしまって、あわてるからだ。そのたびにポチがさわいだ。
「これはいけない。海に負けてはいけない。夜が明けるまでは、この扉をはなしてはだめだ」
工夫はないかと考えた。
やっと思いついたことがある。首にかけていたナイフの紐《ひも》を利用することだった。首から紐をはずして、扉のふちに割れているところがあるので、そこへ紐を通してくくりつけた。それから紐のあまりを、一方の手首にまきつけて端《はじ》をむすんだ。
これはいいことだった。紐の力で、浮かぶ扉にぶらさがっているわけであった。手の筋肉は疲れないですんだ。そのかわり紐が手首をしめすぎて、少し痛くなった。玉太郎は考えて、紐と手首の間に、シャツの端をおしこんで、痛みをとめた。
睡《ねむ》くなった。睡くてどうにもやり切れなくなった。ポチがしずかなのも、ポチも睡くなって睡っているのかもしれない。
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