ちゅうに岩がとび出していて、伯爵が落ちたあたりは見えなかった。
 それでは中段にとりのこされたケンとダビットと衰弱しているラツールを救うために、玉太郎は手もとにのこっていたロープをといて、下にたらしてみた。だがロープは短すぎて、その高さの半分もとどかなかった。
「ああ、こまった。どうすればいいだろう」
 四人の生命があやういのだ。玉太郎だけが自由をもっている。そして四人の生命があやういことを知っているのは、玉太郎だけであった。
「ぼくは責任重大だ。おちつかなくちゃ……」
 と、彼は自分の心をげきれいした。
 もうこうなれば、うしろへひきかえして隊員を呼んでくるほかない。玉太郎は、そこでケンたちとれんらくをとり地下道を急いで元来た方向へとってかえした。
「そうだ。多分、あの沼のところに、ツルガ博士とマルタン氏がいるはず……」
 地下道をついに抜け、崖をすべり下りて、沼の畔《ほとり》まで来た。
 と、彼はそこに、なんともわけの分らないきみょうな光景にお目にかかった。
 その沼畔《ぬまほとり》に、ツルガ博士親子が身体をぴったりよせあっている。そして小さい竪琴《たてごと》を、ぽろんぽろんとしずかに弾いているのだった。それはいいが、二人の前には、恐竜のおそろしい首があった。この恐竜は沼の中から首だけを出して、博士親子をひとのみにしようとしているらしく思われた。
 マルタン氏の姿が見えない。
 いや、いた。氏は博士親子がもたれている太い樹のうしろに、腰をぬかさんばかりにがたがたとふるえていた。紙のように白い顔、丸い頭といわず額といわずくびといわずふきだしている大粒の汗は、水をかぶったようであった。
 玉太郎は、気が遠くなりかけて、はっとわれにもどった。
 いったいこれはどうしたのか。


   奇蹟《きせき》の博士親子《はかせおやこ》


「うわーッ」
 玉太郎は、その場の光景に気絶《きぜつ》しそうになり、自分でもどうしてそんな声が出たかと思うほどのすごい金切《かなき》り声を発した。
 でも、誰だって、これを見れば、金切り声を出さずにはいられないだろう。だって、沼の中からぬっと恐竜が長い首をつきだして、もう一息でツルガ博士やネリをぱくりとのんでしまう姿勢をとっているのだった。
 そこへ玉太郎が金切声を発したものであるから、恐竜の耳にもとどいたと見え、恐竜はくるっと首を横にまげて
前へ 次へ
全106ページ中60ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング