うことにはなれていると見え、要領《ようりょう》よく身軽に、しずかにするすると下りていった。
 ラツールの倒れている中段の岩までは、上から測《はか》って十四五メートルあった。ダビットはついにそこへおりつくことに成功した。彼はさっそくラツールの身体を調べにかかった。
「ダビット。どうだ。生きているか。けがをしているか」
 ケンは手をメガホンのようにして、下にいる同僚にたずねた。
「……大丈夫だ、生きている。大したけがはない。しかし弱っている。なんか注射でもしてやりたい。それから多分水と食物だろう」
 ダビットは下から報告してきた。
 玉太郎はラツールが生きていると聞いて、たいへんうれしかった。大したけがをしていないとは幸運だ。たぶん彼は、永いあいだ食物も何もとらないので弱り切っているのだろう。
「やっぱり、ぼくが下りていかないとだめだな。それではと……」
 ケン監督は、注射薬とその道具を持っていたので、下へおりていく決心をした。そこで上でロープをひっぱっている人数が二人になるので、それでは力が足りないから、伯爵と玉太郎をうながして、ロープのはしの方を、後方《こうほう》にとび出している手頃な岩にぐるぐるぐるとかたく巻きつけた。これならもう大丈夫だ。
「わしが下りよう」
 伯爵がケンをおしのけていった。
「とんでもない。ぼくが下ります。注射もしなくてはならないのです」
「いや、わしだって注射はできるぞ」
「まあまあ。ここでまっていて下さい」
「そうかね。それでは行って来たまえ。そしてすんだらすぐ上ってくれ。下でぐずぐずしたり、余計なよそ見をするんじゃないよ」
「なにをいうんですかい、おじいちゃん」
 そのとき、ケンは伯爵の気持を知らなかったので、笑いでうち消した。
 ケンはするするとロープをつたわって下へおりた。そしてダビットを手にして[#「ダビットを手にして」はママ]ラツールの身体にいく本かの注射をうった。ラツールの顔が赤い色にもどった。心臓も強くうちはじめ、呼吸もしっかりして来た。
 もうだいじょうぶと思われた。


   悲劇は来《きた》る


 だが、ラツールはひとりで立っている力はまだなかった。たいへん衰弱《すいじゃく》していたのだ。
「どうするかね、ケン」
 と、ダビットは、救った男のしまつについて相談した。
「どうするのが一番いいかな」
 二人はラツールのそば
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