く》、伝染病研究所へ入院させるんだ。いいかネ」
 ガチャリと、電話は切れてしまった。こんなに検事が怒った例を、大江山は過去に於《おい》て知らなかった。エトワールの張番がどうしたというのだろう。パチノ墓地というのは何のことだろう?
 彼は狐に鼻をつままれたような気持で暫《しばら》くは呆然《ぼうぜん》としていたが、やがてハッと正気《しょうき》にかえって、急いで制服を身につけ短剣を下げると、門前に待たせてあった幌型《ほろがた》の自動車の中に転がりこむように飛び乗った。
「オイ大急ぎだ。銀座のキャバレー・エトワールへ。――十二分以上かかると、貴様も病院ゆきだぞ!」
 運転手は何故そんなことを云われたのか解《げ》せなかったが、病院へ入れられては溜《たま》らないと思って、猛烈なスピードで車を飛ばした。
 キャバレーには雁金検事が既に先着《せんちゃく》していて、埃《ほこり》の白く積ったソファに腰を下ろし、盛んに「朝日」の吸殻《すいがら》を製造していた。そして大江山課長が顔を出すと、
「ああ大江山君、悦《よろこ》んでいいよ。儂《わし》たちはまた夕刊新聞に書きたてられて一段と有名になるよ。全《まった》く君の怠慢《たいまん》のお陰だ」
 鬼課長はこれに応える言葉を持っていなかった。それで現場検分《げんじょうけんぶん》を申出でた。検事は点《つ》けたばかりの煙草を灰皿の中へ捨てながら、「儂は君が検分するときの顔を見たいと思っていたよ」と喚《わめ》いたが、そこで急に声を落して、日頃の雁金検事らしい口調になり、「全く、君のために特別に作られた舞台のようなのだ。しかし先入主はあくまで排撃《はいげき》しなけりゃいかん」
 妙なことを云われると思いつつ、課長は雁金検事の先に立って、地下の秘密の通路から、地底に下りていった。地底には無限の魅惑《みわく》ありというが、その魅惑がよもやこのさんざん検《しら》べあげたキャバレーの地底にあろうとは思いもつかなかったことであった。――崩れかかったような細い石造《せきぞう》の階段が尽《つ》きていよいよ例のパチノ墓穴に入ると、そこには急設《きゅうせつ》の電灯が、煌々《こうこう》と輝いて金貨散らばる洞窟《どうくつ》の隅から隅までを照らし、棺桶の中の骸骨《がいこつ》も昨夜《さくや》そのまま、それから虚空《こくう》を掴《つか》んで絶命《ぜつめい》している痣蟹仙斎の屍体もそ
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