た。結局《けっきょく》それが痣蟹の空中葬であったろうという者も出て来たので、本部はすこし明るくなった。
「吸血鬼事件も、これでお仕舞《しま》いになるでしょうな。どうも訳が分らないうちにお仕舞いになって、すこし惜しい気もするけれど」
それを聞いていた大江山捜査課長は、奮然《ふんぜん》として卓《テーブル》を叩いた。
「吸血鬼事件が片づいても、まだ片づかぬものが沢山ある。帝都の安寧《あんねい》秩序《ちつじょ》を保《たも》つために、この際やるところまで極《きま》りをつけるのだ。ここで安心してしまう者があったら、承知しないぞ」
一座はその怒声《どせい》にシーンとなった。
それから大江山課長は経験で叩きあげたキビキビさでもって、捜査すべき当面の問題を一々数えあげたのだった。
「第一に、生死《せいし》のほども確かでないキャバレー・エトワールの主人オトー・ポントスを探しだすこと。第二に、痣蟹の乗って逃げた竜宮劇場の気球がどこかに墜《お》ちてくる筈だから、全国に手配して注意させること。それと同時に痣蟹の屍体《したい》が、気球と一緒に墜ちているか、それともその近所に墜ちているかもしれぬから注意すること。但《ただ》し従来《じゅうらい》の経験によると四十八時間後には、気球は自然に降下してくるものであること。第三に、覆面探偵を見かけたらすぐ課長に報告すること。以上のことを行うについて、次のような人員配置にする。――」
といってその担当主任や係を指名した。一同は何《なん》でも彼《か》でも、それを突きとめて、課長の賞讃《しょうさん》にあずかりたいものと考えた。
そんな物騒《ぶっそう》な話が我が身の上に懸けられているとも知らぬ覆面探偵青竜王は、竜宮劇場屋上の捕物《とりもの》をよそに、部下の勇少年と電話で話をしていた。
「それで勇君が、ポントスの部屋の隠《かく》し戸棚《とだな》から発見した古文書《こもんじょ》というのはどんなものだネ」
「僕には判《わか》らない外国の文字ばかりで、仕方がないから大辻さんに見せると、これがギリシャ語だというのです。大辻さんは昔勉強したことがあるそうで、辞書をひきながらやっと読んでくれましたが、こういうことが書いてあるそうですよ。――明治二年『ギリシャ』人『パチノ』ハ十人ノ部下ト共ニ東京ニ来航シテ居ヲ構エシガ、翌三年或ル疫病ノタメ部下ハ相ツギテ死シ今ハ『パチノ』
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