ていたのか、それとも中から出て来たのか分らないそうだ」
 竜宮劇場というと、誰でもすぐジュリアを思いうかべる、やはりジュリアは事件に関係があるのだろうか。
「でも変ですね。痣蟹はあの恐ろしい横顔を知られずに、どうして昼日中《ひるひなか》歩いていられたのでしょう」
「ウン痣蟹は田舎者のような恰好《かっこう》をして、トランクを肩にかついで、たくみに痣をかくしていたそうだ」
「なるほど、うまいことを考えたなア。はははは」
「大辻はジュリアに会って日記帳のことを聞いたが、あたしは知りませんといわれたそうだ、まずいネ」
 青竜王は自室に入ると、それから夕方までグッスリと睡った。
 夕飯ができた頃、勇少年がベルを押すと、青竜王は起き出してきた。依然《いぜん》たる覆面のため、顔色は窺《うかが》うよしもないが、動作は明かに元気づいてみえた。そして大辻も加わって久し振りで三人が揃って食卓についた。しかし探偵談は一切ぬきであった。それが青竜王の日頃のお達《たっ》しであったから。――夕飯が済《す》むと、青竜王は行先も云わずブラリと事務所を出ていった。
 痣蟹はどこへ逃げてしまったろう。いま何処《どこ》に隠れているのだろう。覆面探偵青竜王は戦慄《せんりつ》すべき吸血鬼事件に対しいまや本格的に立ち向う気色《きしょく》をみせている。彼の行方《ゆくえ》はいずれこの事件に関係のある方面であろうということは改《あらた》めて謂《い》うまでもあるまい。だがその行先は暫《しばら》く秘中《ひちゅう》の秘として預《あずか》ることとし、その夜更《よふけ》、大学の法医学教室に起った怪事件について述べるのが順序であろう。
     ―――――――――――――――
 宏大な大学の構内は、森林に囲まれて静寂そのものであった。殊にこれは夜更の十二時のことであった。梟《ふくろう》がときどきホウホウと梢《こずえ》に鳴いて、まるで墓場のように無気味であった。木造《もくぞう》の背の高い古ぼけた各教室は、納骨堂が化けているようであった。そしてどの窓も真暗であった。ただ一つ、消し忘れたかのように、また魔物の眼玉のように、黄色い光が窓から洩《も》れている建物があった。それは法医学教室の解剖室《かいぼうしつ》から洩れてくる光だった。
 近づいてみても、カーテンが深く下ろしてあるので窓の中にはなにがあるのやら、様子が分らなかった。ただ森閑
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