事は肯《うなず》きながら大江山課長の方を向いて「そんな逃げ路のあることを何故前もって調べておかなかったのかネ、君。早速《さっそく》キャバレーの主人を呼んできたまえ」
「はア――」
 課長は面目ない顔をして、部下にキャバレーの主人を引張ってくることを命じた。
 間もなく、奥から身体の大きなキチンとしたタキシードをつけた男が現れた。彼はどことなく日本人離れがしていた。それも道理だった。彼はオトー・ポントスと名乗るギリシア人だったから。
「わたくし、ここの主人、オトーでございます。――」
 西洋人の年齢はよくわからないが、見たところ三十を二つ三つ過ぎたと思われるオトー・ポントスはニコやかに揉《も》み手《で》をしながら、六尺に近い巨体をちょっと屈《かが》めて挨拶《あいさつ》をした。
「君が主人かネ」と検事はすこし駭《おどろ》きの色を示しながら「怪しからん構造物があるじゃないか。この円柱《まるばしら》が二つに割れたり、それから中に階段があったり、物置に抜けられたり、一体これは如何《いか》なる目的かネ」
「それはわたくし、知りません。この仕掛はこの建物をわたくし買った前から有りました」
「ナニ前からこの仕掛があった? 誰から買ったのかネ」
「ブローカーから買いました。ブローカーの名前、控《ひか》えてありますから、お知らせします」
「うむ、大江山君。そのブローカーを調べて、本当の持ち主をつきとめるんだ。――それはいいとして何故こんな抜け路をそのままにして置いたのかネ。何故痣蟹に知らせて、利用させたのだ」
「わたくし痣蟹と称《よ》ぶミスター北見仙斎《きたみせんさい》を信用していました。あの人、わたくし故国《くに》ギリシアから信用ある紹介状もってきました」
「ギリシアから紹介状をもってきたって。ほほう、痣蟹はギリシアに隠れていたんだな。イヤよろしい。君にはゆっくり話を聞くことにしよう。しかしもし痣蟹から電話でも手紙でも来たら、すぐ本庁へ知らせるのだ。いいかネ。忘れてはいけない」
「よく分りました」
 そこでオトー・ポントスはまた恭《うやうや》しげに敬礼をして下《さが》ろうとしたとき、
「ああ、ちょっと待って下さい」
 と声を掛けた者があった。それは先刻《さっき》から痣蟹の遺留《いりゅう》した品物をひねくりながら、この場の話に耳を傾けていた覆面探偵《ふくめんたんてい》青竜王《せいりゅう
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